猿の惑星 6 - 10
(6)
『よっこらしょっ…と』
「いてっ!」
一匹の若い猿がヒカルを地面に投げる。
まるでコンクリートのように堅くザラザラしたその地面は、ヒカルの白い肌に無数の赤い傷を付ける。
大勢の観客が大歓声を揚げる中、ヒカルの処刑が始まった。
『ウホーッ!早くやっちまえ!』
『久々の獲物だ!俺達観客も交ぜてくれよ!』
様々な野次ともとれる声が飛び交う。ドーム型の"処刑場"は、まるで東京ドーム程の広さがある。
ヒカルはその真ん中に寝かされ、両手両足を大の字に開かれ鎖で繋がれていた。
「くっ…くそっ…何でサル達にこんな目に…」
大勢のチンパンジー達の騒ぐ姿は悍ましく、見ていて吐き気さえも込み上げる。
完全にここはもうSFの世界で、ヒカルは今さら地球を出た事を後悔した。
「塔矢ぁ…どこだよ…」
涙が溢れてくる。大勢の猿の中にただ一人、人間の自分がいる。
不安や恐怖、絶望がヒカルを襲った。
「そういえば…こんな映画あったような…」
ブツブツと一人何かを呟いていると、不意に目の前が真っ暗になる。
「!!??」
どうやらヒカルは、布か何かで目隠しをされたようだった。
(7)
『ウホ…ウホ…』
猿達の声が近づく。ヒカルは必死に身体を捩るが、頑丈な鎖が逃げる事を許さない。
「やっ…やだあっ…!怖いっ…いやだっっ!!とうやあーーーっっ!助けてーーーっっ!!」
張り裂ける程の大声。猿達はビクーリしたが、構わず何度も何度も叫ぶ。
やがて一匹の猿が耳を押さえながらヒカルの側に歩み寄り、手で口元を強く塞いだ。
「んぐっ…!」
『うるさい!静かにしろ!だまれっ』
(いやだっ…臭いっ!)
チンパンジーは体臭がキツいらしく、ヒカルは思わず息を止めた。いやいやと首を横に振ってみせるが意味を成さず、口に手を突っ込まれる。
「ンンッ…!?」
ヒカルが反射的にそれを噛み、驚いたその猿は慌てて手を口から抜き去った。
『生意気な人間が!』
立ち上がり、ヒカルの腹を数回蹴る。
すると一気に会場は盛り上がり、観客席からはお札では無く、多数のバナナが投げられた。
(8)
「…ここは…?」
数時間前の事だ。ボクは物影からじっと集落の様子を伺っていたのだが、猿達は何かの知らせを聞くと同時に各々家に帰って行き、たくさんのバナナを持って再び外に現れた。
そして皆、同じ方面に歩き始め、一気に集落に人気(猿気?)が消えた。じっと待っていても仕方ないので、ボクはこっそりそいつらの後を追い、今こうして何かの建物の前にいる。
「ボロボロだけど…形はまるで東京ドームみたいだな」
息を潜め中に入り、暗い通路を進む。
床には散乱したバナナの皮やゴミが落ちていて、壁には無数のひび割れがある。
「…ここは一体…何する場所なんだろう…?」
突き当たりを右に曲がり、ボクは一度足を止めた。鞄からペットボトルを取り出し、一口ジュースを口に入れる。
喉はもうカラカラで、足はもう痛みで感覚は麻痺している。溜息をつき、ズル…っと壁にもたれながら座り込んだ。
「ふぅ…」
少しの間、ここに身を潜めて休もうか…?
進藤を探し出すのが先決だが、このままではボクの身体が持たないのも事実。目を静かに閉じ、ボクは少し仮眠を取る事にした。
(9)
『ヨシ…まじゅはひょうひゃっへ痛めふへてひゃろうか』
ムシャムシャと投げられたバナナを食べながら、猿がそう言う。
目隠しされたヒカルには、何かを食べる不快な音と、理解不能な猿達の会話だけが聞こえてきて、今から何をされるのか、全く予想が出来なかった。
(怖い…!!塔矢…塔矢…)
心の中で何度も何度も塔矢の名前を反芻する。声に出せば再びあの臭い手で口を塞がれてしまう為、ヒカルは必死に唇を噛み締めた。
(堪えろ…絶対塔矢が助けに来てくれるはずだ…!!)
猿達はヒカルの側に膝まづき、何やら鼻をクンクン吸い、ヒカルの匂いを嗅いでいた。
鼻息が全身にかかるのが気持ち悪い。
『ウホ…こいつ、果物の匂いがする』
『んだ、んだ!甘い苺みてーだな』
『発信源はこれか?』
猿が俄かに乳首をぎゅっと摘む。
「あぁッ…!?」
痛みなのか快感なのか、電流の様なものがヒカルの全身を走り抜けた。つい上げてしまった悲鳴に観客達は興奮し、更にバナナを飛ばし始める。
(10)
『こいつ、ここを弄ると面白い声で鳴きやがる!やってミソ!』
『ほんとか?どれどれ…』
毛むくじゃらの指が再びヒカルの乳首を摘んだ。
硬い毛の突き刺すような感覚がヒカルを攻め立て、どうしても声を漏らさずにはいられない。
「はぁッ…!!ああ…やめてえっ…!」
『ははっこいつは面白い!おい、もっとここを攻めてみようぜ』
『なあ、なんか旨そうじゃないか?ココ。舐めてみていいかな?』
『!!そうだな、やってみるか』
二匹の猿がヒカルの両脇に座り込む。お互い顔を見合わせて、同時に乳首を口に含んだ。
「やあああーーっっ!!!」
『甘い!なんだこの甘さは…』
『苺の様だ!』
唾液を舌で突起部分に擦り付ける様に舐められる。ヌルヌルとした液体と、ザラザラとした舌の感触が容赦なくヒカルを苛め、耳に響く大歓声と下品に自分の乳首を貧る音が何とも気味が悪かった。
「やあ…あっ……ン……あぁっ…!」
(俺…何で猿なんかの愛撫で感じてるんだよ…!いやだ…)
自分の情けなさに怒りすら込み上げる。
だがたかが猿、されど猿で、乱暴な猿の愛撫は下手な人間よりも余程の快感を与えていた。ヒトの舌とは少し感触が違うのか、初めて味わうその快感に、身体は素直に反応を示してしまう。
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