しじま 6 - 10
(6)
進藤は冷蔵庫のなかから卵とソーセージを取り出した。
あまり手際良くとは言えないけど、それで焼き飯を作ってくれた。
ボクは進藤の後ろ姿を見ながら、そのうなじに吸い付きたいと思っていた。
もちろん料理中の彼にそんなことをするほど、ボクはなりふりかまわないヤツじゃない。
「できた。お皿を二枚出してよ。あとスプーンも」
いい匂いで、しかもボクが作ったものよりもはるかにおいしそうだった。
「きみは料理ができるのか」
「これくらいなら学校の調理実習とかでやっただろ」
ボクの記憶にあるかぎり、一度もこんなものを作ったことはない。
そうだ、家庭科のある曜日は手合いと重なっていたんだ。
二人でもくもくと食事をとる。あの水っぽいご飯も、焼き飯にしたらけっこういけた。
「どう、塔矢?」
「おいしいよ」
そう言うと進藤は照れくさそうに笑った。
「このツケモノ、うまいな」
進藤は小気味良い音をたてて漬物をかじっている。その様子がなんだかかわいい。
「ごちそうさま」
両手を合わせてそう言うと、もう食べ終わっていた進藤がボクに近付いてきた。
進藤の瞳の色に、全身がかたくなる。
「塔矢……」
そのささやきはとても甘く感じられた。
だけどなぜか、ボクはそれを聞いていられなかった。
「お風呂を入れてくるよ」
頬に触れてきそうな進藤の手から逃れるように、ボクは立ち上がった。
進藤を残して部屋を出る。
今日のボクは、変だ。
いつもなら、もう自分を制御できないで、有無を言わさず押し倒しているはずなのに。
情けないけど、ボクはそういう男なんだ。
それなのに、どうしてかそんな気分にはなれない。
こんな状態で、ボクは大丈夫なんだろうか。
(7)
進藤がお風呂に入っているあいだ、ボクは自分の部屋に二組のふとんを敷いた。
枕元に新しいティッシュの箱を置く。
……何だかヤル気満々みたいに見える。
ボクは未だに、ちっともそんな気になどなっていないのに。
マッサージ用のオイルびんを手に取ってみる。ふたを開けると花の香りがただよった。
身体を優しくつつんでくれるような、柔らかな香りだ。
そのとき、手がふるえているのに気付いた。
ボクはどうしてこんなにも緊張しているんだろう。
初めてじゃないのに。
いや、ちゃんと付き合ってからは初めてだ――――
「塔矢」
「わあっ!!」
「おわ!?」
振り返ると、ボクの貸した寝巻きを着た進藤が立っていた。
「なにおどろいてんだよ。びっくりするだろっ」
「あ、ああ。すまなかった」
「まあ、いきなり呼んだオレも悪かったかな」
進藤はボクのそばに膝をついた。その身体が近付くと、熱気を感じた。
耳元にかかる進藤の吐息にボクの心拍数があがる。
「とう……」
「ボクも入ってくる」
ああ、また逃げるような態度をとってしまった。
だけどどう接したらいいか、わからないんだ。
身体を洗いながら、ボクは自分に困惑する。
スポンジを持つ手が下半身にいったとき、ふとボクは考えた。
一回、抜いておいたほうがいいかもしれない。
だってこれからはボク一人で進藤を満足させなくてはいけないんだから。
和谷はもういないのだから。
――――進藤は、和谷とちゃんと話をつけたのだろうか。
(8)
結局なにもせずにお風呂を出た。
和谷のことを考えてたら、のんきに下半身を弄ってる気など起きなかった。
部屋に戻ると、進藤はふとんに寝転がって詰め碁の本を読んでいた。
ボクに気付くと目を輝かせながら、本を振ってみせた。
「これ、おもしろいな」
「うん」
ボクは机のまえの椅子に腰掛けた。進藤のそばに行くのには勇気が必要だった。
そして今のボクにはそれがどこにもなかった。
「おまえの部屋ってホント、なんにも置いてないんだな」
「きみの部屋はいろいろとあるね」
「散らかってるって言いたいのかよ」
進藤は唇をとがらせた。だけど本気で怒っているわけではないことくらいわかってる。
「ところでさ、このパジャマ、着てて違和感があったんだけどさ、なんでかなー、って考え
たら気付いたんだけど、これオンナモノじゃねぇ?」
突拍子もないことを言われてボクは戸惑った。
女物? そんなの意識したことなかったけど、そう言われてみれば……。
「お母さんが買ってきたやつなんだ。たぶん間違えたんだと思う」
「何だよ、おまえ母親が買ってくるのを着るのかよ」
進藤は信じられないという顔をした。
「オレだったら絶対に着ない。自分の着る服は自分で選ぶぜ。だいたいおまえさ、手合い料
けっこう入ってんだろう? もっといろんな服を買えばいいじゃん。言っちゃなんだけど、
おまえもっとファッションセンスを磨いたほうがいいと思う」
頭にくる言い方だ。なんできみに服のセンスをどうこう言われなくちゃいけないんだ。
それに進藤、きみは少しお金を意識しすぎなんじゃないか?
そうだ、むかし進藤は「ちょこちょこっとタイトルをとって」なんてことを言ったんだ。
あれだってお金に目がくらんで言ったんだ。
思い出したら腹が……。
「塔矢、こっちに来いよ」
不意にとても柔らかな口調で呼びかけられて、それまでの思いが立ち消えた。
ボクは誘われるまま、進藤のところに行った。
(9)
立ったままでいるボクの手をにぎると、進藤は強く引っ張ってボクを座らせた。
進藤の両手はとても温かい。
握りこみながらさすられると、気持ちが良くて目を閉じてしまう。
思えば進藤は以前から、こんなふうにボクの手に触れてきた。
おまえの手は冷たい、って言いながら……。
「オレさ、ちゃんと和谷に言ったから」
本当に進藤は唐突に言ってくる。
「……何て?」
まるで突き放すかのような口振りに、自分で慌ててしまう。
「オレは塔矢を選んだって言ったんだ」
「それで彼は?」
口のなかがカラカラに渇いている。
「しかたないな、って笑った。そんで、最後だからキスしようって……」
「したのか!?」
した、と進藤はうなずいた。
そんなことまで馬鹿正直に言わなくたっていいんだ。
素直に言えば、全部それでいいわけじゃないんだ。
世の中には言わなくても良いことが、山ほどあるんだ。今のもその一つだ。
「きみは一言多いな」
「なんだよ!! 言わなかったら、いろいろ余計なこと考えるくせに!」
なんで和谷のことで進藤と睨みあわなくちゃいけないんだ。
ボクはこんな目で見てくる進藤を見たくなんかないのに。
「やめようぜ、もう」
進藤が大きな息を一つ吐いた。ボクは息をとめた。
「せっかく二人でいるんだしさ。言い合いはやめようぜ。って、おまえ、どうしてそんなに
泣きそうな顔してんだよ!」
鼻の奥が痛いから、ボクは本当にそんな顔をしているのだろう。
「だってきみが、やめようって言うから……」
声が情けないほどかすれている。
ボクは自分たちの関係をやめようって言われたと思ってしまったんだ。
(10)
進藤が顔を近づけてくる。
待っているんだ、ボクが動き出すのを。
ボクはあらためて進藤を見た。そして思った。
キスはおろか、その寝巻きのボタンさえ外せる気がしない、と。
今までボクはどうやって、きみに触れていたんだろう。思い出せない。
「……したくないのか?」
そんなことはない。けどボクは否定することができなかった。
身体が言うことをきかないんだ。
「オレ、なにかおまえをイヤにさせることしたか? ……そりゃ、たくさんしてきたけど、
だからってこんなときに、こんな態度とることないだろっ」
「ちがう! そんなんじゃない! ただ、ボクは……っ」
わけもなくきみに怯んでしまうことを、どうやって伝えたらいいんだ。
ふ、と進藤の頭が下がった。進藤がボクのズボンに手を突っ込んで……!!
「進藤!」
ボクの叫びなど無視して、進藤はボクのそれに口づけて、それから吸い付いた。
ちゅっちゅっ、と音がひびく。
だんだんその音が大きくなる。すると進藤の戸惑いも合わせて大きくなる。
進藤だけじゃない。ボクの焦りも大きくなる。
大きくならないのは、ボクの股間のものだけだ。
なよなよと軟らかく、いっこうに勃起する兆候を見せないそれから、進藤は離れた。
その目に怒りが宿っているのがすぐにわかった。
「そんっなにオレがイヤなのかよ!」
「そんなことはない! ただなんでか勃たないんだ!」
「なんでか、ってそんなはずねぇだろっ! おまえ、いっつもオレがイヤだって言っても、
おっ勃ててるじゃないか!!」
「なんて下品な言い方をするんだ、進藤!」
「うるさいっ。もう帰るっ」
ボクを撃沈させる一言を進藤は言い放った。
嫌だ、帰すものか!
立ち上がろうとする進藤を、ボクはとっさに引き倒した。
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