失着点 6 - 10
(6)
ヒカルは和室の部屋の壁にもたれて座り込んだ。何故か無性に腹が立った。
何に対して腹を立てているのかわからなかった。
元名人の息子。大きなタイトルが控えた有望の大物新人棋士。
そんな奴が、なんで、オレなんかに。
本気のはずがない。
しばらくしてキッチンに人が立つ気配があり、頭からタオルをかぶった
アキラが両手にティーカップを持って入って来た。
脱衣所に置いてあったのか白いTシャツにグレーのスウェットパンツを
はいていた。
「紅茶…、レモンもミルクもないから、砂糖だけ、適当に。」
そう言ってテーブルに置く。
「どういうつもりだよ。」険しい表情のままヒカルが尋ねる。
「何が?」ヒカルの方を見ないでアキラが答える。
「シャワーなんか浴びて…。」
「別に…。外から帰ったらシャワーを浴びて着替える習慣なだけだけど。」
「オレ、…帰る。」
「そう。」
ヒカルがゆっくり立ち上がり、アキラも立ち上がる。
玄関に向かおうとしたヒカルの背中にアキラの言葉が投げかけられる。
「進藤、」
ヒカルは立ち止る。
「進藤、…ボクは後悔しない。君とのことは、何一つ後悔しない。」
次の瞬間、振り返ったヒカルの唇は再度アキラの唇を捕らえ、もつれ合う様に
二人は抱きあい、ベッドの上に倒れこんだ。
(7)
ヒカルは半ば強引にベッドに押さえ付けるようにしてアキラの唇を貪った。
あまりの勢いに歯がぶつかり合い、それでもかまわず舌をからませる。
アキラの舌を吸い、噛み付き、息を継がせず唇を覆う。
ヒカルのだ液がアキラの口の中に流れ込みアキラはそれを飲んだ。
二人の間にあるものが何もかも煩わしくてヒカルはアキラのTシャツを
剥ぐようにして脱がせ、自分もパーカーとシャツを脱ぎ捨てた。
しばらくの間素肌で抱き合い互いの高い体熱と激しい心音を重ね合わせる。
やがてヒカルは荒い呼吸で体を起こすと、アキラのズボンに手をかけた。
「…!」
アキラが制するより先に一気にブリーフごと引き降ろす。
和室の明かりを受けて露になったアキラ自身をヒカルは見つめた。
アキラは両腕で顔を覆うようにしてヒカルの視線の下に横たわっていた。
きれいだな、とヒカルは思った。
余分なものが一切ついていない痩体にそれなりに筋肉が薄く張り付いている。
その部分は、自分と同じ位の大きさかな、と思った。それはゆずれない。
僅かに色付き覆っているものから剥き出た果肉がピクリと小さく震えている。
同性とは言え、いや、同性だからこそ他人の裸をこんなにまじまじと
見た事はなかった。女の裸の写真はいくらでもそこらに溢れている。
憑かれたように見入っていると、アキラがたまらず上半身を起こし
ヒカルのズボンのベルトに手をかけてきた。
「あ、ち、ちょっと、待った!」
思わずアキラの両手首を掴んで再度ベッドに押さえつける。
ムシが良すぎるようだが自分の方はまだ心の準備が出来ていない。
アキラは露骨にぶ然とした表情になってヒカルを睨み付けて来た。
(8)
アキラはヒカルの手を振りほどくとベッドから下りていってしまった。
「あちゃー…、」
ヒカルは頭を抱え込んだ。こんどこそ完全にアキラを怒らせてしまったと
思ったからだ。もうアキラはここには戻って来ないのだと。
するとフッと室内が暗くなった。
台所と隣の和室の電気が消えたのだ。
それでも窓の外から漏れて来る明かりで真っ暗ではなかったが。
「…これでいいだろう。」
白く浮かび上がった裸身のアキラが戻って来た。
ヒカルはもう何も言えなかった。ベッドから下りてアキラの前に立つ。
アキラはヒカルのベルトを外し、ズボンのファスナーを下ろし、脱がす。
そしてヒカルの首に腕をまわすとベッドの上に倒した。
ヒカルの顔に覆いかぶさるようにして額、鼻筋、頬と優しいキスを重ねる。
ヒカルはアキラの好きにさせようと思った。
何よりアキラの温かい吐息とのしかかる重さが心地よかった。
下腹部で触れあうものが熱かった。
耳たぶ、首筋と儀式のようなアキラのキスの洗礼は続いた。
「ん…んんっ…!」
洗礼が右の乳首に届いた時、ヒカルは初めて声を漏らした。
乳首がこんなに敏感だなんて知らなかった。
あるかないか分からない程だった胸の突起はアキラの唇の中で膨らみ、
くっきりと輪郭を現して堪え難い程の快感をヒカルに与え始めた。
(9)
もう片方へと、アキラは儀式を続けようとした。
「と、塔矢…!」
ヒカルに呼ばれ、アキラはヒカルの顔のそばに自分の顔を戻し軽く唇を吸って
返事をする。
「…何?」
「オ、オレもシャワー、浴びるよ。」
「いいんだよ。進藤は。」
そう言うともう一度ヒカルの唇を吸って、アキラは愛撫を続行した。
アキラの暴走を止めようとしたヒカルの思案は消されてしまった。
アキラはヒカルの両手首をしっかり腰の両脇に押さえ付け、
自分の行為でヒカルを追い詰める様を楽しんでいるかのようだった。
実際、神経が繋がっているかのように、乳首を刺激される度ヒカルの下腹部も
また、少しずつ限界に近い質量へ導かれていく。
そうしてアキラは次にみぞおち、へそへと愛撫の位置を下げていった。
「塔矢、待てよ…!」
ほとんど哀願に近い声をヒカルは上げた。
アキラの次の目標は明らかだった。もちろん、ヒカルの言葉は無視された。
アキラの舌先がヒカルの先端に触れた時、ヒカルは悲鳴まじりの息を吐いた。
「くあっ…はっ!」
乳首の時より何倍もの刺激が、背骨を走った。
(10)
「んっ…んっ…!」
上半身をのけぞらして何とか刺激から逃れようとするヒカルの両手首を、
アキラは強い力で押さえ続け、その部分への愛撫を集中的に続けた。
「塔矢…!やめ…!」
先端から根元へ、根元から先端へと舌を這わし、固くならない部分にも
キスを繰り返す。
信じられない。どうかしている。塔矢も、そして自分も。
シャワーを使っていないことが羞恥心を、力で抗いきれない事が屈辱感を
増幅させ、それがさらに感覚を鋭くさせる。
優しいキスを繰り返していた時とは別人のようにアキラはヒカル自身を全て
口に含み、執拗に、より強く刺激を加え続ける。
長く十分な愛撫にさらされて来たヒカルの体は、急速に限界を迎えた。
「塔矢!だめ…っ!!あっ…、んんっ!!」
ヒカルの脳内が真っ白に弾けた。
咽の奥に体温に近い液体を受け止め、アキラはそれを飲み下した。
まるでそうする事が当然のように。
ヒカルの両手を解放し、アキラはその部分に優しいキスを与えてきた。
ヒカルはようやく自由になった片手で自分の髪を掴み片手で額の汗と共に
頬に流れ出た涙を拭った。どうかしている。オレ達は。
そんなヒカルを慰めるようにアキラが顔を寄せて来て唇を吸う。
そしてヒカルの耳元で囁くようにして言った。
「ごめん…、ヒカル。でも、もう少しだけガマンして欲しいんだ。」
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