束縛 6 - 10
(6)
ヒカルの横顔は、少し憂いを帯びた、でも静かな表情をしていた。
アキラはヒカルがたまにその表情をするのを知っていた。
いつも無邪気、というか子供っぽいヒカルが、
不思議に遠くにいるような感じがして・・・目が離せなくなる。
思わず問いかけた
「キミは・・・さびしいのかい?」
その問いにヒカルは微笑んだようだった。
「さびしくなんてない。碁が打てるから・・・おまえと打てるから。
おまえはずっとオレと打ってくれるんだろう?・・・それでオレは十分だ」
絶句するアキラに照れたように笑いかけ、さあもう帰ろう、と言うヒカルに感情が爆発しそうだった。
キミはずるいね・・・そんなことを言われたら、ますますキミから離れられなくなる。
無意識でも、ボクはキミにつなぎとめられてしまう。
ボクの心を独占しているのに、キミは何も返そうとしない・・・。
もう耐えられなかった。
胸の中の暗い欲望を、これ以上止めることは出来ない。
「ねえ、これからボクの家に来て一局打っていかないか?」
「おまえの家で?これから?」
ヒカルは驚いたように目を見開く。もう夕方の四時だ。アキラの家に行って
一局打ったら帰りが遅くなってしまう。
その逡巡に対し、切れ長の目でじっと睨む。
「・・・いいだろう?」
それは誘いではない。アキラの意思をヒカルに確認しているだけだった。
その目の強さにおびえたようにヒカルは思わず、うん、とうなづいた。
(7)
「相変わらずでかい家だよな・・・」
「両親とも出かけていて、今日は誰もいないんだ。さあ、入って」
いつもなら、塔矢名人がいないという事実はヒカルをほっとさせただろう。
しかし、今日はなんとなく名人に家にいてほしかったな、と思い、
首を振ってその妙な不安を払いのけた。
何度か来たことのあるアキラの部屋。アキラの性格を表すように、
何もかも整頓された部屋。
一人部屋にしては大きい和室。机の上のパソコン。囲碁関連の書籍。
ヒカルは落ちつかなげに碁盤の前に座る。
さっきからアキラの様子はおかしかった。
自分に怒っているような・・・。
どうして?オレが桜を見るのを付き合わせたからかな?断ってくれてよかったのに・・・
ヒカルの疑問を断ち切るようにアキラの声が落ちる。
「打とうか」
しかしヒカルは一局打つころにはアキラに対するギクシャクした気持ちも
忘れ、夢中になっていた。
この集中力。今ヒカルの心にあるのは黒白の碁石の作り出す宇宙だけだった。
その表情を見ると、アキラの心に負の感情が蓄積していく。
「ねえ、塔矢あ・・・ここのツギはどう思う?・・・塔矢?」
「・・・」
返答がないのに、顔を上げてアキラの方を見ると、アキラは何かを耐えるような表情をしていた。
「キミは碁のことばかりで、ボクのことなんか見ていないんだね」
「え?」
ヒカルはアキラが何を言っているのかわからず、顔ををまじまじと見つめる。
アキラの真剣な目に言葉を失った。
「ボクが碁が出来なかったら・・・キミはボクのことなんか気にも留めないんだろう?」
「そんな・・・何言ってんだ?」
「答えろ!」
アキラの激しさに戸惑ったように、ヒカルは言葉を発する。
「え・・・だって・・・おまえ、碁強いし・・・」
(8)
その言葉にカッとなった。限界だった。
ヒカルをとらえ、力任せに部屋の隅の布団の上に押し倒した。
その衝撃でヒカルは床に頬をぶつける。八重歯で口の中が切れた。
「つう・・・っ」
間髪を入れずアキラが口付けてきた。
ヒカルは今起こっている現実を理解できず、呆然としている。
それをいいことに、思う様に口腔内を蹂躙した。
無理やりにヒカルの舌を絡めとる。
血の味がする。その血の味がしなくなるまで、とキスを続けた。
激しい口付けに、ヒカルの息が上がる。唾液がひと筋、ヒカルの口からこぼれて
伝わって首筋に流れていった。
ようやく我に返り、アキラの胸を押して、体を離し、声を上げる。
「塔矢、何をするんだよ!冗談はやめろって!」
「こんなこと、冗談でできると思うのか?」
これ以上ないくらいに近づけられたアキラの顔。
その真剣な目に、ヒカルは思わず抵抗する手を止める。
その隙を逃さず、アキラはヒカルのTシャツをまくりあげ、
胸の突起に舌を這わせた。
ぞくり、と体の底から震える。
「とう・・・やぁっ!な、なんで・・・こんなこと・・・」
「ボクはキミのことを愛している」
まるで憎んでいるような、その冷酷な告白。
ヒカルの動きが止まる。
「な・・・」
「でも。キミの心はボクのものにできない。ならば、せめて体だけでも与えて欲しい」
ヒカルはどう反応していいかわからず、言い返すことが出来なかった。
(9)
そんなヒカルにかまわず、アキラはの手はヒカルの体を這い回った。
敏感な部分を刺激するアキラの手の感触に惑乱する。
しなやかなヒカルの体を味わうように丹念に触れていく。
ヒカルの体はアキラの愛撫にダイレクトに反応を返した。
アキラの愛撫に体の奥底から、少しずつ震えに似た感覚が目覚めさせられる。
少しずつ息が上がっていくのがわかった。
「あっ・・・」
自分でも耳を疑うような艶めいた声が無意識にあがり、
あわてて唇を噛みしめて耐える。
逃げようとしても、アキラの力はヒカルよりも強く、組敷かれたまま身動きできなかった。
いつの間にか、Tシャツもジーンズもすべて脱がされていた。
反応をうかがうアキラの視線に耐えられなくなって、思わず顔を背ける。
細いうなじがむき出しになる。アキラは誘われるようにそこに舌を這わせた。
「やっ・・・」
必死で目をつぶって自分とは顔を合わせようとしないヒカルに焦れて、
下肢に手をのばす。
手でいきなりヒカルのものをつかみこんだ。形をなぞるように撫で上げる。
「や、あ・・・!」
もう声をとどめることは出来なかった。
アキラの手の動きに反応する自分を抑えきれない。
ヒカルの反応に満足そうな笑みを浮かべ、アキラは顔を下肢にまで
落としてくる。
そのまま脚の間の、ヒカルのものを口に含んだ。
「や、やめ・・・!あ、あああ・・・」
(10)
ヒカルはアキラの髪を手で掴み、引き離そうとした。
しかし、その手には力が入らず、アキラにされるがままであった。
アキラの舌は微妙な動きでヒカルを確実に追い詰めていく。
背筋に伝わる、強烈な悦。
他人の口で味わされる、初めての快感に体がついていけなかった。
「ああっ・・・!やめ・・・あ、あ・・・」
あまりの快感に耐えられずすすり泣きするヒカルに。どんどんとめられなくなる。
舌で先端の窪みを執拗に刺激した。
「やだあっ・・・」
唇を必死で噛みしめて耐えていたが、もうだめだった。
ヒカルの体が弓なりにたわんだ。アキラの口の中で精を放出する。
アキラは、それをためらいもなく飲み込んだ。
ヒカルの体はゆっくりと弛緩していった。余韻で体がぴくぴくと痙攣をする。
ヒカルの上気した放心したような表情に惹かれ、アキラはまたヒカルに口付けた。
まつげが涙で濡れていた。
弱々しく顔を背けるヒカルの顎をつかんで、噛み付くように無理やり唇を重ねる。
「むぐっ・・・う・・・」
もう抵抗する気力を失い、ひたすら目を閉じてアキラの視線を避けようとする
ヒカルに愛しさがつのる。
そして同時に狂気のような独占欲が。
キミを僕の、僕だけのものに・・・!
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