初めての体験+Aside 6 - 10


(6)
 「ここだよ。」
ヒカルの案内で着いた先は、立派な日本家屋だった。社は身震いした。自分はとんでもないことを
しようとしているのではないだろうか?自分から猛獣の檻の中へ飛び込むような真似を
している。ここはアウェイ…敵の本拠地である。ここに足を踏み入れたら、二度と引き
返すことは出来ないだろう…。
――――ここを出るときは、オレはもう今のオレとちゃうかもしれへん…
 さっきまでは天国だった。ヒカルと二人きりで、ちょっぴりデート気分も味わえた。
今は、門の向こうに脱衣婆が待ちかまえていても驚かない。
「どうしたんだよ?」
ヒカルが社の顔を不思議そうに覗き込んできた。
「あ…や…でかい家やなぁと思て…」
「な?でかいよな?まあ、とにかく入ろうぜ。」
そう言いながら、ヒカルはキュッと社の手を握って促した。
『ああ!手が、進藤の手が…』
小さくて柔らかいその手が、自分を人外魔境へと導いた。


(7)
 「おーい、来たぞー。」
ヒカルが、家の中に向かって声をかけた。と、同時に扉が外れんばかりの勢いで引き戸が開いた。
ガシャン!
大きな音がして、填めてある硝子が割れたのかと思った。社はとっさにヒカルをかばうように
前に出た。
 ヒカルはポカンと社を見上げていたが、すぐに破顔した。
天使みたいや…。
その笑顔に社は暫く見とれていた。ここに、天敵アキラがいることなど頭の中からすっかり
消え去ってしまったくらいに…。
「大丈夫だよ。ありがと、社。」
ヒカルは先に立って、社を招いた。

 家の中に入ると、社はホッと息を吐いた。大阪からここまでノンストップ、しかも
散々歩いてようやく宿に到着したのだ。先程までの緊張が解けたこともあって、
「やっと、着いた…」
と、つい言ってしまった。
 ヒカル達を招き入れていたアキラが、耳ざとくそれを聞き咎めた。
「やっと?(太字)」
アキラの目が鋭く光った。ヒカルは手にしていた地図を握りつぶし、慌てて家の中に
逃げ込もうとしたが、アキラに襟首を掴まれてそれは叶わなかった。
―――――しもた!?進藤のピンチや!
もし、ここに来る途中に何があったかバレたらどうなることか…!?自分が虐められるのは
ガマンできるが、ヒカルが責められるのは堪らない。
「ちょ、ちょっと、迷うてしもて……」
苦しい言い訳だ。何度もここに来ているヒカルが、迷う訳なんてない…。
もぉちょい、エエ理由が思いつかんのか?オレは…
情けなくて涙が出そうだ。


(8)
 だが、アキラは思いもかけない言葉を口にした。
「迷った?地図を描いたじゃないか!」
社は耳を疑った。
―――――ええぇ!?もしかして、地図を渡したんは塔矢?なんで?
アキラの言葉に、ヒカルも「道を間違えた」と、シラッと答えている。
アキラが、柳眉を逆立てて、ヒカルに怒鳴った。
「だから、駅まで迎えに行こうかって、言ったろ?」
「地図があれば大丈夫だと思ったんだ!」
ヒカルも負けじと、アキラを睨み付けた。社が混乱している間にも、二人はますます
ヒートアップしていく。将に一触即発だ。
 「おい…」
社が二人を止めようとしたとき、アキラが声を和らげた。
「…キミが心配なんだよ…」
「あんまり遅いから、玄関でずっと待っていたんだ…」
「…塔矢、ゴメン…」
ヒカルは、素直に謝った。そして愛くるしい笑顔で甘えるように言った。
「塔矢は過保護だなぁ。オレは大丈夫だってば…」
「でも、現に迷ったじゃないか?」
「だって、それは…」
 社がいるのを忘れているのか、放っておくと二人は延々とこんな会話を続けそうだった。
こういうのを世間では、バカップルと言うのだろうか?
―――――そやけど、進藤とやったらバカップルと言われたいわ…
社は、心底アキラが羨ましかった。ヒカルの中で、自分はやっぱり二番目だった。心の中で泣いた。


(9)
 「あ…社…ゴメン…疲れただろ?」
漸く、社の存在を思い出したらしい。アキラが怖くてなかなか突っ込めなかったので、助かった。
「さ、行こ!」
言うが早いか、ヒカルは社の荷物を取り上げると、勝手知ったるとばかりにパタパタと
奥に駆けていった。
「あ、荷物やったら…オレが…進藤!」
―――――ちょお!!!進藤、置いていかんといて〜〜〜〜!
 社は、アキラと二人きりで玄関に取り残された。恐る恐るアキラを見た。
「どうぞ。上がって。」
アキラがニッコリと微笑んだ。一見、友好的だが………
「お、お邪魔します。」
顔を伏せるようにして、横をすり抜けようとしたときアキラがボソッと呟いた。
「ここに来るなんて良い度胸してるよね…しかも、進藤をポーター代わりにするなんて…」
ビックリして顔を上げた。アキラは先程と同じ柔和な笑みを浮かべている。目だけが
笑っていない。
「楽しい合宿になりそうだね。社君(強調)」
あ、あ、あ、悪魔や―――――――!
 社は走った。アキラの側にいるのが怖かった。
振り返ったらアカン!後ろを見たらオレは……
塩になるのか、悪魔の真の姿を目にするのか…自分でも何を考えているのかわからない。
それくらい必死だった。
 塔矢家の廊下は長い。だが、長いといっても何百メートルもあるわけではない。目的の
場所には、すぐに着いた。そこから、光が射しているような気がする。息せき切って中に飛び込んだ。
「あ、社。荷物ここに置いたからな。」
ヒカルが社に笑いかけた。心が安らぐ。まさに天使だった。


(10)
 「おおきに…進藤…」
社はヒカルに礼を言った。そのせいで、アキラに虐められたことは伏せておこう。格好が
悪い。
「ビックリしただろ?」
ヒカルの問いかけに、社は驚いた。さっきことを言われたのかと思った。
「地図書いたの塔矢なんだあ。心配性でさ。大丈夫だって言ってんのに。」
そう言いながら、ヒカルはすごく嬉しそうだった。
 なんやそっちか……ホッとした。ん?…心配性?ふと疑問が浮かんだ。
「……進藤…もしかしてスタンガン持っとるか?」
ヒカルは一瞬キョトンとしたが、すぐに頷いた。
「何で知ってるの?」
「ほら」と、ヒカルが見せてくれたものは社の想像とは違った。可愛いマスコット型の
一見普通のキーホルダーだ。
「コレ、塔矢がくれたんだ。オレ、電車でよく女の子と間違われて触られるから…」
「結構役に立っているよ。ちょっとあたるとビリビリってして、みんなビックリするから。」
 アレはヒカルに渡すためのものだったのだ。アキラは社で実験したのだ。そして……
結果、ヒカルに持たせるのは危ないとふんだのだ。
『塔矢…結構イイヤツ…』
自分のされたことも忘れて、社はそう思った。やっていることはメチャクチャだが、ヒカルの
ためという一点に置いては好意がもてる。ホントに…そこだけしか好きになれない。
―――――向こうはオレのことは、全部気にいらんやろうけどな



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