失着点・展界編 6 - 10


(6)
ヒカルの視界を遮るように道路にバスが停まった。でも確かに和谷だった。
ラフなジャージ姿で、まるで夢遊病者のようにこちらをじっと見ていた。
バスが動き出した時、和谷の姿は消えていた。
ヒカルは思わず駆け出して道路を渡り、周辺を見回す。
基院会館に戻り荷物を取りに行く。和谷を追い掛けなくては。
伊角に声を掛けようか迷う。伊角は、まだ対戦中だった。
伊角より先に、和谷と二人だけで話しをしなければいけない。
ヒカルは一人で表に出ると和谷のアパートに向かった。
何となく和谷がそこに戻るような気がしたのだ。自分が来る事を予想して。
だが実際アパート前まで来てみると、そこで足が止まってしまった。
娼婦のように演じて和谷を誘惑した、薄汚れた自分がそこに居着いている。
「よお、」
ふいに背後から声を掛けられてヒカルは飛び上がりそうになった。
コンビニの袋を左手に下げた和谷が立っていた。袋からペットボトルの類いが
覗かせている。
「…和谷」
「久しぶり。来てくれたんだ。上がってくか?」
和谷はいつも髪をムースで立たせてワイルド系にそれなりに見せていた。
今は、それもしてなくてただのバサバサの洗い髪のままのようだった。
「上がっていくか」という問いにヒカルは答える事が出来なかった。
「別に何もしねえよ…。なあんて言っても、信用されねえよな。
でも、心配して来てくれたのかな…?ありがとう。じゃあな。」
和谷はそう言ってポケットに突っ込んでいた右手をひらひらさせた。
薄汚れた包帯をぐるぐる巻にしたその手の甲の辺りに血が滲んでいた。


(7)
まるでその包帯に引き寄せられるように、ヒカルは和谷と共にアパートの
階段を上がった。
「っ痛…」
和谷は包帯の右手でカギを開け、ドアノブを回す。
「和谷、その手…」
「ああ?別に何でもねーよ。」
和谷はドアを開けると、ヒカルに先に入るよう顎で促した。
ヒカルは半分警戒しながらも、半分それでも和谷の事がほおっておけなくて
部屋に入った。それなりに話をするつもりなら、やはり早い方が良い。
和谷はドアを閉め、…静かにカギをかけた。
ヒカルは部屋の中が意外に片付いていることに少しホッとした。
だが、木製の押し入れのドアを見て息を飲んだ。5〜6箇所、拳でぶち抜いた
ような穴が開いていた。それ以外にも血がついたヘ込みが数カ所あった。
「和谷、もしかしてこれ…」
ヒカルが振り向いたと同時に、ヒカルの唇が和谷の唇で塞がれた。
「…!!」
ヒカルはそのまま強い力で床に押し倒され、和谷に唇を貪られる。
ヒカルは必死で歯を食いしばって和谷の舌を拒み和谷を押し退けようとした。
それでも一足先に成長期を迎えた和谷の方が体重もあり腕力も勝っていた。
和谷はヒカルの顎を掴んで乱暴に振り、口を開けるよう迫って来る。
ヒカルは頑に拒絶すれば、返って和谷の興奮を増長させてしまうと思い、
体の力を抜いてわずかに口を開けた。
「…和谷、ちょっと落ち着いて…」
言葉を続けさせないようにするかのように和谷の舌が奥まで侵入して来た。


(8)
飢えた野犬が極上の餌にありついたかのように和谷はヒカルの唇を
味わい続ける。他でも無い、ヒカルが和谷に教えたキスだ。
ヒカルがそうであったように、和谷もそういうキスの虜になっていた。
ヒカルの体から力が抜けたため和谷も無理に顔を押し付けようとせず、
それでも左手でしっかりとヒカルの顎を捕らえて唇と舌を吸い、ヒカルの
口内の至る所を舌で愛撫する。少しでも和谷を落ち着かせ、そのうえ
更に火をつけないように慎重にヒカルも最低限に舌を反応させた。
長い包容の末に、ようやく和谷が口を離した。
包帯の手でヒカルの前髪をかき上げ、左手の指でヒカルの唇を撫でている。
「和谷、…ごめん、オレ…」
ヒカルが思いきって声をかけてみた。しかし、和谷の表情は変わらない。
まるでヒカルの声などまるで届いていないようだった。
そして和谷の左手がヒカルのズボンのベルトを外しにかかった。
「…和谷!ダメだよ…!」
ヒカルが抵抗しだすと再び和谷も押さえ込む腕に力を入れ、畳の上で激しく
揉み合う。和谷は足も使ってヒカルのズボンをブリーフごと膝まで下げた。
「お願いだよ、和谷…!謝るから…!…許してよ…!!」
泣きそうな声でヒカルが訴えた。和谷の動きが一瞬止まった。
「一度だけ…」
和谷の押し殺したような低い声にヒカルがビクリと震えた。
「もう一度だけ…進藤、そしたら…、」
涙混じりなのは和谷の声の方だった。
「助けてくれよ、進藤。…オレ、このままじゃ気が変になりそうなんだよ…」


(9)
ヒカルは目を閉じた。頭の中をアキラの姿がよぎった。タクシーに乗る前、
何の疑いも持たず握手を交わして颯爽と旅立って行った、アキラ。
自分自身、初めてアキラと関係を持った後かなり混乱した。それでも、
アキラが相手だったから、自分はそれまでの自分でいられたのだ。
…和谷には酷い事をしてしまった。悪いのは自分だ。
今はその事しか浮かばない。ヒカルは唇を動かした。
「…一度だけだよ…。」
ヒカルの両手が和谷から離れた。和谷は押さえていたものが一気に溢れ出した
ようにヒカルの服をたくし上げて首から胸にかけて顔を押しあて、キスを
くり返す。そしてヒカルのズボンを抜き取ると自分もズボンを脱いで、
ヒカルの片足をすくい上げるように抱えて体を入れて来た。
「あっ…!」
ヒカルは、まずい、と思った。和谷には何の知識もないのだ。以前とまったく
同じやり方で入ろうとしている。
「待って、和谷、まだ…」
聞こえていなかった。暴走した機関車のように、和谷はヒカルのその箇所に
おそらくもうだいぶ前から固く膨れ上がっていた自分自身を宛てがうと
一気に押し入って来た。
ヒカルにできたことは、アキラの部屋とは違う壁の薄い和谷のアパートで、
叫び声を必死に押し殺す事だけだった。
「待って…待って…和谷…!」
ヒカルの言葉は完全に無視され、2度、3度の猛進を受けてヒカルの体は
短時間のうちに無理矢理和谷自身を全て飲み込まされた。


(10)
…オレが悪いんだ…。
たくし上げられた服に顔を埋めて、唇を噛み締め、ヒカルは耐えた。
全身から脂汗が吹き出す。持ち上げられている膝がガクガクと震えた。
耳元で和谷の獣のような荒い呼吸が聞こえる。
「うお…お…」
和谷は全身でヒカルを味わい満喫していた。今まで囲碁以外に心を奪われる
ことのなかった少年が、ヒカルという麻薬に手を出し陥ってしまったのだ。
自分の意志ではなくヒカルの所業によって。
「進藤…、…進藤…、」
ヒカルの耐えているものにまったく思慮する気配も無く和谷はさらに体を
押し付け奥深くに届こうとしてくる。そして次第にその動きはリズムを持って
動き始めた。ヒカルの狭道が軋み悲痛な声のない悲鳴をあげ続ける。
ハッハッという和谷の熱い呼吸と連動してヒカルの中のモノが動き、
ヒカルの体も合わせて動く。目の前の頂上に辿り着けば、和谷は少し
落ち着くだろう。それだけを期待して、目を閉じ、ヒカルは耐え続けた。
和谷の動きが早まりヒカルの中でそれがさらに突き上がってくるのを感じた。
だが、そこで和谷は動くのを止めた。
「…?」
和谷荒いの呼吸は続いている。ヒカルはそっと目を開けた。
ほぼ同時に再度和谷の左手に顎を掴まれ正面を向けさせられた。
「…あいつとは、何回ヤッたんだ。」
唐突な品のない無礼な問いに、ヒカルは目を見開いて和谷を見た。
正気には程遠い光りを宿したままの和谷の目が、そこにあった。



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