とびら 第二章 6 - 10


(6)
ヒカルは笑い飛ばしてしまいたかったが、アキラの目がそれを許さない。
碁を打つときと同じ気迫の瞳から、アキラの意気込みが伝わってくる。
「………………」
ヒカルは考えてみた。和谷としているようなことをアキラとするところを。
「進藤?」
「……絶対にできない。おまえとは絶対にそういうことはできない」
「何故だ!」
その剣幕にヒカルは「ぎゃっ」と小さな悲鳴を上げた。
アキラから離れたくて机や椅子の間を縫うように移動する。
足元に置かれている様々なもの――段ボール箱や旗、木材、古い本の山など――が歩行の邪魔をする。そう、空き教室は物置同然と化しているのだ。
「できないもんはできないんだ」
「それでは答えにならないだろう! ふざけるなっ!」
久しぶりにその台詞を聞いた。なんだかおかしい。
「ふざけてんのはおまえのほうじゃないか。とにかくおまえとだけはできない」
その言葉に一瞬アキラはひるんだ。その表情があまりにも痛々しくて、罪悪感を覚える。
「あのさ、おまえはオレのライバルだから、そういう対象にはならな……」
言葉が途切れた。アキラが机をガタガタと鳴らしながら近付いてきたからだ。
今にも飛び掛ってきそうな勢いである。
逃げようと思うのだが射すくめられたように身体が動かない。
そうこうしているうちに襟元をわしづかみされ、強く引っ張られた。
ヒカルはどこかでこんな光景をみたことがある気がした。そう、棋院だ。
あの時は自分から引き寄せた。今度はアキラからだった。
すべてがゆっくりと流れている気がした。
アキラの唇が近付いてくる。


(7)
まず鼻がぶつかった。だがアキラはかまわず唇を押し付けてきた。
がつん、という音が身体に響いた。続いてしびれに似た痛みが襲ってきた。
二人は口を押さえた。何のことはない、歯がぶつかったのだ。
痛みのあまり涙が出てくる。ヒカルは腹が立って言葉を投げつけた。
「〜〜〜この、へたくそっ!」
アキラは目を吊り上げたがヒカルは気にせず続けた。
「おまえ、本当にオレのこと好きなのか!? サルみたいに歯を剥き出しにして威嚇して
 んじゃないのか!」
「きみがあんなことを言うからいけないんだ」
「オレのせいにするのかよ!」
「もう一回させてほしい」
怒るよりも脱力してしまった。ヒカルは大きなため息を吐いた。
「まったく、おまえって、まあ……」
キスくらいならいいだろうという気になった。
「いいぜ、やってみろよ」
アキラは虚をつかれた顔をした。てっきり拒否されると思ったのだろう。
ヒカルは机に腰掛け、アキラを見上げた。
アキラの手が髪の中に入り、耳に触れてきた。その手がわずかに湿っている。
そっと唇がかぶさってきた。アキラはいとおしむように唇でヒカルの唇をなぞる。
少しも激しくないキスだった。というより稚拙だ。
初めてのときの和谷でももっとうまかったと思う。だがヒカルはかえって新鮮に感じた。
いつまでも表面にしか触れないアキラにじれて、ヒカルはわずかに唇を開いた。
おずおずとアキラが舌を入れてきた。
ヒカルはその舌を自分の舌で軽くつついた。すると隠れるように引っ込んでしまった。
仕方ないなあと心の中で言いながら、自分からアキラの口腔へと舌をすべらせた。


(8)
ヒカルの真似をするようにアキラも舌を動かす。
細いアキラの髪が頬に当たってかゆい。ヒカルは机のふちをつかんでいた両手をアキラの
頬に添え、その髪を耳にかけた。だがすぐにさらさらとこぼれおちてくる。
何度も何度もかきあげる。アキラは唇を離し、不思議そうにヒカルを見た。
「かゆいんだけど」
「……きみはもっと他に言うことはないのか」
「けっこう良かったぜ」
アキラの顔に喜色が浮かぶのがわかった。
「じゃあ」
「ダメ。できない」
最後まで言わせず、すげなく首を振った。
「だいたいおまえ、どういうことかわかってんのか」
アキラの手をつかみ、自分の股間を触らせた。
「ここを触ったり舐めたりするんだぞ。それにケツの穴に指を突っ込むんだぞ。
 指だけじゃない。そんなこと、おまえにできんのかよ」
「できる」
即答だった。アキラはヒカルの肩を強くつかみ、机にはりつけるように押さえつけた。
「塔矢!」
「できる。きみだから、できる」
アキラは落ちていた紐を拾い上げると、それでヒカルの両手首をしばり、他の机に結んだ。
これでいいというようにうなずくと、今度はヒカルのチャックをおろしはじめた。
「塔矢っ。ちょっと待て! わかったから! おい! わぁっ」
下着の上から自身を舐められ、ヒカルの背筋はぞくりとした。ペニスが形を持ち始める。
思わず隠そうと手を動かしたが、縛り付けられているのでできない。机が揺れる。
ベルトを引きはがされ、下着と一緒にずぼんを脱がされた。
上は学ランを着ているのに、下は靴下と上履きだけという情けない格好となった。


(9)
「いいかげんにしろよ! 卑怯だぞ、こんな紐を使って!」
「あきらめないと言ったろう。そのためなら手段は選ばない」
ヒカルは息をのんだ。そうだ、たしかにアキラは昔からこういうやつだった。
中学の囲碁部の大会が思い出された。
「ふぁ……」
形の良い唇が自分のモノに口づけてくる。
あのプライドの高いアキラがひざまずき、自分の陰部をなぶっている。
そのことがヒカルをひどく興奮させた。
「ふっ、あぁ、あ……くぅ……ん……」
熱に煽られ、自分を忘れてしまいそうになるのをヒカルは懸命にこらえようとした。
「っ……とうやっ……やめてくれよっ……」
力なく足を蹴り上げる。これでも必死の抵抗だった。
「足も縛ってほしいの?」
静かな声に、身体がかたくなる。アキラならやりかねない。
すでに勃ちあがったそれを両手でつかむと、アキラは舌を這わせた。
「ぃやっぁぁ……」
もちろんヒカルはこんなことをされるのは初めてではない。
だが何度されてもこの快感に慣れることはない。
ペニスの先から透明な液体が流れ出す。アキラはそれをきれいに舐め取っていく。
「……おまえ、はじ、めてじゃ、ないのかよっ……」
「初めてだよ」
「っく……ぁ、こんなこと……ふぅっ……」
「進藤だから。ぼくは何でもできる」
わずかにアキラはほほえむと、ヒカルのペニスをすっぽりとくわえてきた。
生暖かい口内の感触に身がのけぞる。しびれるような甘い疼きに意識が奪われそうになる。
だが今ひとつ達することができない。和谷ならヒカルの感じるところを集中的に攻めて
くるが、アキラの場合、微妙にずれていているのである。
廊下の外を人が通っていくのがわかる。誰かが入ってきたらどうればいいのだろう。
せめて気付かれないように、口を噛み締めて声が漏れるのを防ごうとした。


(10)
アキラの指の腹がペニスの裏側を押し上げながら、奥へとゆるやかに進む。
熱がどんどん下半身に集まってくる。
「あっ、いぁぁっ!」
目の前が赤くなる。ヒカルは背筋をしならせ、快楽の波に身体をゆだねた。
精液がアキラの顔へと放たれた。口に入ったらしく、激しく咳き込んでいる。
べとべとになってしまったアキラを見て、気の毒なことをしたという思いと、自業自得だ
という思いが胸のうちにわいた。
口の端についている雫を舐めて、アキラはわずかに顔をしかめた。
それはそうだろう。これははっきりいっておいしいものではない。
ヒカルは初めてのときは夢中で飲み下したが、アキラには少し無理だったようだ。
「ごめん、のめない」
「……いいさ、別に。気は済んだかよ……手、外してくれよ……」
しかしアキラは紐をちらりと見やっただけで、無言でヒカルの太ももを上へと押し上げた。
そしてあらわとなった秘奥に舌を這わしてきた。
「ひゃぁっう!」
頓狂な声が出た。和谷にさえ恥ずかしくそこを舐めさせなかったというのに。
アキラは指で押し広げながら舌を入れてくる。恥ずかしくてたまらない。
周囲を撫で、唾液を絡めながら指が行ったり来たりするうちに、柔らかくなってくる。
チャックの下ろされる音にヒカルは反応した。
「ちょっ……塔矢! もう入れる気……」
まだ十分ほぐしていない。指二本くらいでは挿入時に痛みがともなう。
それを言おうとしたが、悲鳴さえも上がらないほどの激痛が身体を貫いて無理だった。
「……っ……っぁ」
アキラは少しずつヒカルの中を犯した。しかし途中で止まった。
ヒカルは自分を見つめるアキラを見た。
「い、てぇ……よ……ちくしょっ……う……」
「僕も痛い。進藤の中、ぎゅうぎゅう締め付けてくるから。どうしたらいい」
情事の最中に何とも気の抜けた問いかけだった。



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