指話 6
(6)
自分にはあの人の心を揺るがす事は出来ない。そう思っていたあの人の変化を
感じ始めたのは若獅子戦の会場に進藤を見にあの人が来た時だった。
そして進藤がプロ試験に合格し、父が、新初段シリーズに出る事を了承し相手に
進藤を選んだ時、あの人の中の変化が思っているよりも大きな事を確信した。
棋院会館の一室で新初段シリーズの対局をあの人と共に見守り、
桑原先生の挑発に乗って父と進藤のどちらが勝つか賭けをするその人を、
驚きと何か良くない夢を見ているような気分で眺めていた。
本因坊戦の一件の事があるせいなのは分かっていたが、父の相手が進藤でなければ
そんな事はしなかっただろう。誰に対しても動かないはずであったあの人の心が、
進藤によって人間的な熱を含んで動き始めているように思えてならなかった。
脇目を見る事なく、後ろを振り返る事なく進んでいた自分の道にふと不安を抱くと
同時に、何か自分自身が大きく変化していくような期待を持ち始めている。
否定しきれなかった。
かつて自分がそうであったのだから。
ふと、自分が進藤と戦う事になったら、あの人はどちらに賭けてくれるだろう、
そんな思いが頭をよぎった。あの人は、どちらを自分を「追い詰める者」として
望んでいるのだろう。
そんな思いを抱いたことに罰を与えられたように、進藤との直接対局の日の朝、
父が倒れた。
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