誘惑 第三部 6


(6)
カレンダーを見てしまうのは、今日、一体何回目だろう。実際には何も印がついているわけでは
ないけれど、ヒカルの目には大きく赤丸がつけてあるように見えてしょうがなかった。
今日は塔矢が日本に帰ってくる日だ。
だからって何かが起こる訳でもない。帰ってきたからって、きっと何も変わらないのに。

「ごちそうさま。」
そう言って、自分の部屋に戻ろうとしたヒカルに母親が声をかけた。
「あ、ヒカル、冷蔵庫にプリン入ってるの。食べなさい。」
Uターンして冷蔵庫を覗くと、高級そうな洋菓子の箱が入っている。その箱を引っ張り出して中の
プリンを一つと、スプーンを持って食卓に戻った。
「どーしたの、これ?」
「今日ね、お母さんの友達が遊びに来て、お土産に、って持ってきてくれたの。」
「へーえ、美味そう。いっただきまーす。」
一口食べてみて、ヒカルは「美味い、」と思わず声をあげた。滑らかで濃厚な口当たり。やはり
コンビニの100円のものとは味が違う。
そう言えば一時期コンビニプリンに凝ってた頃があったなあ、とヒカルはふと思い出した。
そしてその思い出は別の思い出を引き寄せた。
今食べてるプリンなんかよりも、もっとずっと甘いささやき声の記憶。
「甘いね」「もっと食べてもいい?」
やばい。涙が出そうだ。プリン食べながら泣いてるなんて、大馬鹿だ。
慌てて食べ切ってしまおうとして、口の周りにこぼれたカラメルソースを指先でぬぐった。
「そんなに慌てて食べるから食べこぼすんだよ。」
クスクス笑いながら言う声が耳によみがえる。

もう嫌だ。もう思い出したくないのに。
あいつとオレとは、もう何の関係もないのに。
ただ、碁界という、同じ世界に生きてる人間、それだけなのに。



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