平安幻想秘聞録・第二章 6


(6)
「はい。あの、進藤でいいです。呼び捨てで」
 緒方先生にくん付けで呼ばれるなんて、何だか気味が悪い。当の緒方
が聞いたら立腹しそうなことを考えつつ、ヒカルも勧められて腰を下ろ
した。
「藤原行洋さまはおいでではないのですか?」
「それが、帝のお相手で、なかなか宴の席をお外しになれなくてな」
「帝の、ですか?」
「あぁ、おまけに、さりげなく席を外そうとした行洋さまの様子に、帝
がお気づきになって。仕方なく、佐為殿とお会いになることをお話しな
られてな・・・」
 意味ありげな緒方の視線に、佐為はふぅと息をついた。
「皆まで言わなくても分かりました。帝にご挨拶をしに伺います」
「そういうことだ」
 いくら私用での参内とはいえ、宮中にいることが知られた上は、帝に
何の挨拶もなしに帰るわけにもいかない。
「光。申し訳ありませんが、こちらで待っていてくれますか?」
「えっ、オレ、一人で?」
「そうだな。宴の席に連れて行くわけにもいかないからな」
「宴はどちらで?」
「綾綺殿だ」
 何とか殿と言われても、ヒカルにはどこがどこなのだか分からない。
下手に歩き回ると、百発百中の確率で迷子になりそうだ。
「すぐに戻りますから」
 そう言って緒方と立ち並んで出て行った佐為の言葉を信じるしかない。
「もし、誰か来たら、畳に平伏していれば大丈夫なんて、佐為も簡単に
言ってくれるよなぁ」
 真夜中でも煌々と灯りが部屋の中を照らす現代と違って、油を差した
燈台に灯る光は小さなものだ。確かに、下を向いてしまえば、人相風体
ははっきりと分からないかも知れないが。



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