平安幻想秘聞録・第四章 6


(6)
「何?」
「いえ、何でもありません」
「何でもないって、そんな顔されると、気になるだろ」
 ヒカルには以前、必死に自分に不安をぶつけてきた佐為の言葉を袖に
してしまった。それが少なからず心的外傷、いわゆるトラウマになって
しまっている。そのせいか、彼の言葉や表情一つが、酷く気になった。
「光、本当に何でもないのです。ただの杞憂ですから」
「杞憂?」
 杞人の憂い。昔、杞の国の人が天が落ちて来はしまいかと、起きもし
ないことを無用に心配したという故事だ。が、ヒカルには意味が分から
なかった。
「取り越し苦労と言えば、分かりますか?」
「あぁ。それなら分かるけどさ。でも、佐為・・・」
 ヒカルが更に突っ込んで訊こうとしたとき、どこかで名前を呼ばれた
気がして、ふと辺りを見回した。近衛ではなく、光と。
「光!」
「あ、あかり?奈瀬?」
 十二単姿のあかりが裾捌きも鮮やかに、足早にこちらへ向かって来る。
あかりの着物姿は、七五三や正月に何度か見たことがあるが、十二単と
いうのはもちろん初めてだ。奈瀬に至っては、正座をするのにスカート
は不便と、日頃パンツ姿を見慣れているだけに、素で驚いてしまった。
「光!」
「近衛!」
 女性二人に勢い詰め寄られ、オレ、いや、近衛が何か悪いことでもし
たのかよーと、ヒカルは思わず逃げ腰になってしまう。



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