身代わり 6 - 7


(6)
シャッターの音に、ヒカルは少し緊張した。
横には五冠の塔矢行洋が立っており、圧倒されそうなほどの気を放っている。
新初段となったヒカルを、天野は興味深げに観察していた。まさかこの少年が、こんなにも
早くプロになるとは思ってもみなかった。いや、プロになるかどうかさえ、半信半疑だった。
しかしヒカルはプロになった。そしてそのヒカルを、行洋は相手に指名した。
(名人注目の新人、か……)
新初段シリーズの対局結果は、二つにわかれる。
すなわち、先を期待させる碁か、否かである。
塔矢アキラは前者であり、それにたがわない成績を残していっている。
(進藤くんはどっちかな)
そんな天野の記者の視線など、ヒカルはまったく気付かない。全身の神経はこれからの対局
に向かっていた。よって斜めうしろにいる佐為に気を払う余裕はなかった。
佐為は険しい顔をして立っていた。
「じゃあ、ちょっと軽くなにか会話をしてください」
「ハイ」
ヒカルはこくりとうなずき、行洋に向き直った。
腕組みをしながら、行洋は息子のアキラが気にしている少年を見つめた。
(会うのは、これで三度目か)
一度目は『全国こども囲碁大会』でだ。廊下でぶつかった。二度目は自分の経営する碁会所
でだった。緒方が引っ張ってきたのだ。ヒカルの実力が知りたかった。逃げられたが。
そして三度目の今日、プロとして自分の目のまえにいる。
(打てば、わかる)
無言のまま自分を見つめる行洋に、ヒカルも黙したまま視線を返した。
その様子に、周りの者たちは戸惑った。
何枚か話をしている写真を撮りたいのだが、行洋にはまったく話す気がないように思えた。
(うーん、まいったな。まあ、塔矢先生だし、しかたないかなあ……)
天野が合図を送ると、カメラマンは一礼をして下がった。
いよいよ、幽玄の間で対局するときが来たのである。


(7)
「今日は、アキラが来ている」
今まで口をつぐんでいた行洋が、ぽつりと言葉を口にした。
たったその一言に、心臓は跳ね上がった。なんと重厚な声なのだろうか。
「キミの力を見せてもらおう」
ヒカルは武者震いした。あの塔矢行洋と、打つのだ。一年前、アキラが座間王座と対局した、
あの部屋で。ヒカルはつばを飲み込み、足を踏み入れた。
だがその横を佐為がすり抜けた。そしてヒカルの座るべき席に、ためらいもなく座った。
(佐為!)
ヒカルの声を佐為は無視した。行洋と打つのは自分だ。
これは現世によみがえってからの悲願でもある。
目の前にその行洋がいるのだ。見ているだけなど、できない。
佐為の必死な面持ちを見て、ヒカルはひるんだ。しかし自分だって楽しみにしていたのだ。
なによりも、この対局はアキラが見る。
(佐為! どけ!)
だが佐為は微動だにしない。ヒカルになど見向きもせず、一心に行洋を凝視している。
入り口に突っ立ち、席をにらみつけているヒカルを、もちろん皆はいぶかしんだ。
「進藤くん?」
呼びかけられてもヒカルは応えない。そこに佐為がいるからだ。
他の誰にも見えない佐為を、見ているからだ。
「キミ、座りなさい」
それでもヒカルは座らない。
佐為の心が揺らいだ。ヒカルは座ろうと思えば、佐為がいても座れるのだ。だがそれをしな
いのは、自分のことを想ってくれているからだ。
佐為の揺らぎを決定づけたのは、他ならぬ行洋だった。
「進藤くん」
座らぬヒカルを、うながす声色だった。
行洋が対局者だと思っているのは、自分ではなくヒカルなのだ。
あきらめとともに、佐為は目を閉じた。



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