七彩 6 - 7


(6)
「アーキーラー君、来―たーよ!!」
玄関のチャイムの音と同時に、ヒカルの元気いい歌うような声が聞こえる。
この誘い声を聞く度に、アキラはヒカルを幼稚園児かと呆れる。
「まあまあ進藤君、いらっしゃいこんにちは。今アキラさん呼んでくるわね、
ちょっと待ってらして」
アキラの母親の明子はいつも上機嫌でヒカルを迎えていた。
週末はヒカルが自転車に乗って家に迎えに来る。ヒカルが漕ぐ自転車に二人乗り
して碁会所に行くのが習慣になった。
「塔矢、足気をつけろよ。電柱とか、あんま開いてっとぶつかるから」
「ああ」
流れ行く人々が一見して奇異な組み合わせだろう自分達を振り返り、面白そうに
見ている。天気のいい昼下がり、前髪が金色の今時の子供と、いかにも良家の
おぼっちゃま然とした少年が鮮やかな黄色のチャリンコ二人乗りで街を滑走
している様は自然、人目を引いた。2ケツなんてもちろんアキラはヒカルとの
これが初めてだ。冷たい風が耳を、頬を打つのが爽やかで心地良い。
いつも何となくうかれてしまうのは新鮮だから。
「おまえ昼飯は?」
「まだ」
「じゃあ食ってから行こうぜ」
「ああ」
二人は定食屋に入って昼食をとり、その足で碁会所に向かった。
塔矢行洋の碁会所は、ヒカルにとってアウェイ、もしくは敵陣というところか。
北島やその他の常連達は皆アキラの熱狂的信者で、若先生親衛隊なるものまで
結成している。
付き合っても、盤を挟む二人の様子は相変わらずだった。
お互い一歩も引かない。厚みを持たせて力強く安定した碁を打つアキラと、
あくまで実利を重んじるヒカルの棋風はまさしく正反対であり、意見が
食い違うのは当たり前だったが、負けず嫌いな性格と意地っ張りのせいで
検討はいつも険悪だった。


(7)
「てめぇいい加減にしろよ、坊主。若先生がこうだと言ったらこうなんだよ、
認めやがれ」
「口出さないでくれよ。これはオレ達の検討なんだから。それにオレは塔矢の
言ってること否定してるわけじゃないだろ。ただ、他のやり方もあるって
言ってるだけじゃんか」
「なんだと!?偉そうな口叩くんじゃねえよ、このガキが!」
「ガキでもオレはプロだ!囲碁にはオレも信念がある!」
「・・・ガキ、表に出ろ!口の利き方ってもんを教えてやる!」
ヒカルの胸座を掴み上げる北島の激した様子に、市河や他の客達も慌てて
割って入った。
「まあまあ北島さん、落ち着いて。相手は子供なんだから」
北島は周囲のとりなしにしぶしぶながらも引き、捨て台詞をヒカルに残して
面白くなさそうに自分の席に着いた。
「・・・・・・」
アキラは俯いているヒカルを見詰めた。ヒカルは厳しい顔で碁盤を睨んでいる。
その後、二人は検討を終えて店を出た。本当はもう一局打ちたかったアキラ
だったが、あんなことがあった後ではさすがに空気が悪い。ヒカルを責める気は
無いが、今日は残念だったとアキラは思った。その日の帰り道、ヒカルは無口
だった。いつもそうだ。碁会所の客と揉めた日のヒカルは無口になる。
(もっと気を遣ってくれてもいいのに)
自転車の荷台に乗って夜の空気に身を切られながらアキラはつまらなく思う。
二人きりの時沈黙するなんて、ヒカルは相手に対しての気遣いというものが
欠けている。



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