失楽園 6 - 7
(6)
「やっぱすげぇ強いや、緒方先生」
ヒカルはポテトを咀嚼しながら緒方を絶賛した。緒方は流石に強い。間髪入れずに打ち出される
一手一手は、まるでそこに置くことが昔から決まっていたかのように迷いが無く、そして正しい。
手のひらで遊ばせて貰っているような不思議な感覚をヒカルは夢中になって追いかけた。
「オレを誰だと思ってるんだ。それにしても、こんなところで良かったのか? オレとしては、もっと
いいところに連れて行くはずだったんだがな」
緒方は肩を竦めて周囲を見回した。学生たちが多いハンバーガーショップで、白いスーツに身を
固めた緒方はいろんな意味で浮いていた。しかし、緒方にはまるで気にした様子がない。
「いいんだ。この間新しいのが出てさ〜、オレ、まだ食ってなかったんだもん」
「まぁ、オマエが満足してるんだったら別にいいが」
緒方は苦笑して手元のハンバーガーの紙を破いた。きちんと袋は一方が開いている作りになっている
のに、緒方のそれはおかしなところから姿を覗かせている。その手つきに、緒方がファストフードを
食べなれていないらしいことが判った。
「こんなのでホントに腹が膨れるのか?」
「大丈夫だよ、帰ったら飯食うし」
ヒカルはコーラを一口飲んで口の中に残っていたポテトの味を消すと、ハンバーガーに手を伸ばした。
「先生、これさ、ここから簡単に開くの。知らなかった?」
ヒカルがニヤリと笑って包み紙からチーズバーガーを取り出して見せると、緒方の目が僅かに見開か
れた。そして明らかに気分を害したように眉根を寄せる。
「……………仕方ないだろう」
「ハハハ、先生って全然こんなとこに入ったりしないんだな。……ね、塔矢とも入らないの?」
幾分躊躇って、ヒカルはその名前を口にした。
2人の間に和やかに流れていた空気がピシリと凍った。
(7)
「ああ。……アキラくんは、こういう油っこいものをあまり食べたがらないからな。食の細い子だし」
緒方は無表情にテーブルに肘をついてコーヒーを呷る。
「――ねぇ、先生。塔矢とのことを聞いていい?」
破れた紙に包まれたハンバーガーを口元まで持って行った緒方は、控えめなヒカルの申し出を受け
容れた。
「内容にもよるがな」
吐き捨てるように呟いて一口齧ると、『フン、食えないほどではないな』と続けた。
「先生はやっぱり、塔矢と……?」
2人の間を流れている親密な空気を、緒方は隠そうとはしていない。寧ろそれをヒカルに知らしめ、
ヒカルの反応を見て楽しんでいるような気すらしていた。
……だから、核心に触れて訊いてもいい。ヒカルはそう判断した。
「――ああ、寝てるよ」
何ともないことのように告げられ、コーラが入った紙コップを掴む手に力が入る。
アキラとの一夜を思い出すだけで、ヒカルの胸はざわついた。アキラに胸を舐められ、下着の中の
ものを握りしめられ、挙げ句の果てには自分でも触ったことのないような場所を暴かれた。気にし
ないでいられる方が嘘だ。
しかし、インモラルなことであるのが判る以上、口外するのは憚られる。ヒカルが逆に緒方に問われた
としても、緒方のようにあっさりとそのことを認められそうにはなかった。
「アイツのこと、好きなの?」
「好き?」
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