番外編2 冷静と狂気の間 6 - 7
(6)
桑原はズボンに飛びつき、そのファスナーを降ろすと、ブリーフとともに
一気に膝まで引き下げた。俊彦の下半身が露わになった。そして、唯一残
されていた足の自由でさえ半ば奪われる始末になった。それから、シャツ
をのどまで一気に捲くり上げると、桑原は俊彦の胸の薄赤い突起に吸いつ
いた。俊彦の右目から屈辱の涙が一筋零れた。
乳首への愛撫は執拗に続いた。ピチャピチャと音をたてて舐め、尖ったそ
の先端を舌ではじき、吸う。右に左に、交互に何度もほどこされる愛撫は、
次第に俊彦の呼吸を、先ほどまでの闘っていたときとは明らかに違う種類
の荒いものへと変えていった。口が閉ざされているために、鼻から洩れる
その息はいっそう切なく響いた。
俊彦の意識が別のところへ移ってきたのがわかると、桑原はその舌をみぞ
おち、へそ、そして柔らかな草叢へと這わせていった。桑原の唇が俊彦自
身に触れると、俊彦は羞恥のためわずかに体を左右に揺すり逃れようと試
みる。しかし、俊彦自身が形を変え始めており、それを望んでいることも
事実だった。桑原は先端に軽く舌を這わせ、先走りの露を掬い取った。そ
れから根元までを丹念に舐め上げた。抑えられぬ興奮に腰が浮き上がると
桑原は俊彦自身を口に含んだ。奥まで深く含んで強く吸いたてると、強烈
な快楽が体を走り、俊彦は震えながらその精を放った。温かなその精を桑
原は味わうように飲み干した。
放心状態で荒く息をする俊彦を桑原はうつぶせにした。シャツを押し上げ
てうなじを露出させると、唇がまた丹念な愛撫を開始した。俊彦の意識は
形のないものに崩れ、溶けていった。自分に快楽を施しているのが猿のよ
うな老人であることは、もはやどうでもいいことだった。その舌が狭門に
辿り着いたときには、俊彦はその次にくるものさえ受け入れていた。桑原
の熱い舌はその部分を何度もなぞり、滴るほどの唾液と適度な充血を与え
た。つぷりと唾液で濡らした指が狭門に入れられると、リズミカルな動き
で馴らし、次第にその数を増やし、準備が整えられていった。しかし、桑
原自身を狭門で受け入れるという初めての行為は、やはり俊彦に逃れよう
のない苦痛を与えずにはいなかった。桑原が揺れる度にくぐもったうめき
声がタオルの下から洩れてきた。
すべての行為が終わった後、桑原は口と両手の抑制を取り払い、俊彦を隣
室の寝床へと導いた。
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ほてりが冷め、呼吸が落ち着いてくるとともに、俊彦は自分を取り戻して
いった。俊彦は桑原に問わずにはいられなかった。
「なぜ…なぜだ。なぜあんたはこんなことをするんだ。そんなに男が好き
なのか。若い男なら誰でもいいのか。」
頻回に訪れる苦痛の狭間から、かすれた声で訊ねた。
「ふん、…そうじゃな、若い男なら誰でもいいのじゃろう。お前のように
活きがよければ特にいいがな。」
疲労を隠せぬ乾いた声にはどこか自嘲する響きがあった。桑原は体を起こ
し、脱ぎ捨てた服から煙草を探り出すと、肘をついて火を点けた。強い煙
草が半分になるまでの間、部屋には沈黙が流れた。
「この間の男に聞かなかったのか。…本因坊戦じゃよ。その前には若い男
の精で力をつけるのじゃ。」
再び口を開いた声は平静に戻っていた。
「…わからない。……。実力で戦うもんじゃないのか。」
「ふん。」
再び俊彦の問いを鼻で笑うと、桑原は続けた。
「トップ棋士になればもはや実力に違いなぞない。どちらがより勝ちたい
か。その執念だけが勝敗を分けるのよ。」
その目に一種の熱が宿り始めた。
「このタイトルを守るにはとてつもないエネルギーがいる。血をたぎらせ、
相手を食い殺す気で立ち向かわねば、本因坊の座などとうてい守り切れる
ものではない。若い男の精はそのエネルギーを与えてくれる。それゆえ若
い男を貪るのじゃよ。」
虚空に浮かぶ敵を見据えるように桑原は言い放った。その横顔には、棋界
の頂点に立つ男の執念と狂気が漂っていた。
――なにかに取り憑かれている。俺には理解できない熱がこの老人を突き
動かしている。
結果だけがすべて。強者だけが善。別の倫理が支配する世界。俊彦は、隣
にいる老人が自分とは隔絶した世界に住む人間であることを、ハッキリと
理解した。
「すまなかったな。もう休むがよい。小遣いがほしければもっていけ。」
煙草を吸い終わると老人は起こした体を横たえた。
翌朝早く、俊彦はホテルを飛び出した。
――何のためにオレはここまできたんだろう。アイツのためになにもして
やれなかった。帰ったら真っ直ぐ嘉威に会いに行こう。今ならアイツ
の気持ちがわかる。
明かりが流れていく夜行列車の車窓を眺めながら、俊彦はぼんやりと考え
ていた。
――こうやってあのジジイはまた対局に勝つのかな。
あのガキもいつか狂気に取り憑かれて、勝負のためならなにをしても
構わないヤツになるのかな。いや、アイツはそうはならないだろう。
そういえば名前、聞かなかった。強くなるといいな。
俊彦は、キラキラと目を輝かせて囲碁の魅力を語る少年の顔を思い出して
いた。
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