うたかた 6 - 7


(6)

 薬の力で一時的に体調が良くなったものの、ヒカルの熱は真夜中にぶり返した。
 加賀が熱い手を握ってやると、弱々しく握り返してくる。
「進藤、病院行くか?」
「びょーいん……ヤダ…っ」
「んなこと言ったって…。」
 苦しげに肩を上下させるヒカルをこれ以上見ていられなかった────というより、真っ赤な顔で潤んだ瞳をしてこちらを見上げてくるヒカルに、加賀は朝まで耐えきれる自信がなかった。
(…なんでオレがこんなガキ相手に……。)

 ヒカルのことは、中学時代から何かと気にはかけてきた。
 泣く子も黙る加賀、と3年の同級生ですら恐れる自分を、いとも簡単に呼び捨てにする後輩。しかし加賀はヒカルのそんな怖いもの無しな所が気に入っていたし、窮地に立たされたときに発揮する奇跡的な勝負強さにも興味があった。

 けれど
 ヒカルに惹かれていた本当の理由は────

「────さ…いっ…」
 ヒカルが小さく声を上げた。
「進藤?」
 意識が朦朧としているのか、口を薄く開けて何かうわごとを言っている。
「さい…っ…行っちゃやだ……っ」
 ヒカルのきつく瞑った瞳から、涙が次々と溢れる。
「進藤…?おい、しっかりしろ。」
 うなされるヒカルの頬を拭ってやりながら、加賀はヒカルの寝言の意味を考えていた。
(……サイ…?)
 聞き慣れぬ名に、加賀は自分の心が澱むのがわかった。


(7)

 ヒカルの呼吸が規則正しく聞こえてくる。どうやら峠は越したようだった。ヒカルの額と自分の額をくっつけると、まだいくらか熱い。体温計がないので正確な数値はわからなかったが、平熱でないことは断定できた。
 目の前にヒカルの顔がある。甘くて香ばしい匂いがした。
 衝動的な思いに駆られてヒカルの頬に唇を押し当てると、くすぐったそうにゆるく首を振る。その姿も加賀の瞳には扇情的に映った。
(ヤベェな……。)
 顔を離して自分のこめかみを数回軽く殴る。
(なにしてんだよ…。いったい何のために今まで我慢してきたと思ってんだ……。)

 出会ってから、ヒカルを可愛いと思うことは何度もあった。

 しかしそれは、弟と遊んでやっているときのような、小動物を愛でているときのような気持ちからだと加賀は思っていた────思うようにしていた。
(……進藤は出来の悪いオレの『後輩』だ。…それ以上の何かなんて、あるわけねえだろ。)
 何度となく呟いた言葉。それは白々しい響きを持って心の底に溜まっていった。
 無理にせき止めた感情の流れは行き場を無くし、出口を求める。

 ────いつ溢れ出るのだろう。

 限界が近付いてきているのはハッキリしていた。

 ────いつまで気持ちをごまかし続けることができる?

 火のようなヒカルの手とは対照的に、加賀は自分の手のひらが体温を失っていくのがわかった。



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