四十八手夜話 6 - 9


(6)

●一回目『菊一文字→松葉反り→梃子がかり→いすかどり→鴨の入首』 
女役が仰向けになり、両足を大きくひろげたところに男役が横になって挿入する
体位から、松葉の互いに膝を曲げた形でより深く挿入し、さらに足を延ばして女役
仰向けで男役うつぶせで体を交差させるようにし、次に女役を横寝させて足を
そろえさせたまま交合、さらにその女役の片足を男役が持ち上げて……という
寝技中心のコース。
●二回目『獅子舞い→抱き地獄 →御所車→乱れ牡丹→絞り芙容』
女役が両足を大きく開いたところに挿入し互いの結合部がはっきりと見える体位
から、三角すわりの男役に女役がまたがり乗り、騎乗位の様な形をはさんで、
後ろから膝の上で抱かれるような姿勢に移っていく座位を中心としたコース。
●三回目『巴どり→しき小股→砧→後ろ茶臼→撞木反り』
いわゆる69からはじまって、床に足を延ばしたままつっぷす女役に男が体を股で
はさむように背中から挿入し、途中、女役が腰を高く掲げて真上から突かれる
ような姿勢になり、男役に背中を向けた騎乗位から、さらにその体を後ろに寄り
かかるように倒していくという後背位中心のコース。

最初は菊一文字から。
説明に『アナルセックスにも応用できるところから「菊一文字」の名が』とあった
から、まぁ妥当なところだろう。
(なんか、無茶苦茶萎える…)この先の展開を絶望的に考えながらも、まあ最終的に
気持ち良ければいいかと、ヒカルは自分を納得させた。
シングルベッドのベッドカバーを剥ぎ(さすがにダブルベッドの部屋は二人とも
恥ずかしくて頼めなかったのだ)、その上に二人で登る。おもむろに一緒に服を
脱いだ。ムードもへったくれもない。
しかし、いきなりアキラが自分の膝頭に手をかけて股を開こうとしたので、ヒカルの
方が頭に来た。
「おい、ちょっと待て、塔矢」
「なんだ」
「そこに座れ」


(7)
アキラはあきらかに不服そうな顔をして、ヒカルの目の前に正座した。
ヒカルもそれに習う。男が二人素っ裸で正座して向かい合っている光景というのは
どうなんだ、と思いながらヒカルは口を開いた。
「オレ達、一応つきあってるんだよなぁ」
「もちろんだ。世間一般でいう恋人同士という関係だと思っている」
少し照れたようにアキラが下を向く。こういうところは可愛いんだけど。
「じゃあさぁ、もっとそれなりに、こう恋人同士っぽい雰囲気があってもいい
 んじゃねえ?」
自分達は男同士だ。ヒカルだって、世間一般の男と女の甘い雰囲気などアキラに
求めているわけではない。はっきりいって男同士でそれは寒い――でも、限度と
いうものも確かにあるのだ。
「恋人同士……」
「そう、もっとさー、気分を盛り上げようとかそういう努力」
「僕は君さえいれば、いつでも気分は盛り上がってるも同然なんだが」
「だから、そういう直接的な欲望みたいなのじゃなくて、なんてーの、よく
 テレビドラマの恋愛ものみたいに、小道具利かせたりさ、気の利いたセリフの
 ひとつも……」
「僕は恋愛ドラマは見ないんだ」
「うぐっ」
今度、ビデオに撮りためて送り付けてやろうか。そういえば、母親が録画してた
火曜サスペンス劇場があったな。あれだと、結構色っぽい男女のデートシーンが
あったから参考に……、とそこまで考えて、ヒカルはやめた。火曜サスペンスは
恋愛でも不倫が多いのだ。アキラが真に受けて女と浮気でもしたら、自分はひどく
不愉快だ。
「とにかく、気持ちの問題って言うの? そういう話だよ」
「僕は君が好きだ。何度だって言える。それじゃ足りないのか? 君も僕を好きだと
 そう言ってくれた。違うか?」
アキラの目は真剣だ。しかし、ヒカルの中に起こった反抗心が「へー、そんな事
言ったっけ? いつ? 何月何日何時何分何秒?」という言葉を紡ぎだしそうになり、
さすがにあまりに幼稚なのでこらえる。そんなことを口にすれば事態の泥沼化は
目に見えている。


(8)
「そういうんじゃなくって! さっきおまえ、中身の問題だって言っただろ!
 オレが言ってんのはさらにその中身の問題なんだ!」
これが碁会所だったら、イラ付いて「もう帰る!」と言って席を立つところなの
だが、裸のままで飛びだすわけにもいかない。
「中身の中身? つまり君はさっき選んだ十五手が気にいらないというわけか!
 それならさっき、話しあったとき言ってくれればよかったんだ! なぜその時に…」
「ちがーう! はっきり言うとな、塔矢! オレはな、前戯もなしにいきなり
 ソーニューしようとしてるお前のその態度はどうなんだって言ってんだよっっ!!」
アキラはポカンと口を開いたまま、ヒカルを見つめた。
ヒカルは、真っ赤になって続ける。
「だからさ、入れる前にキスしてくれたり、いろんなとこ触ってくれたり、撫でて
 くれたりするのが、お前はどうだか知んないけど、オレは好きなんだよ。確かに
 一番気持ちいいのは入れられてる時だけどさ、それだけじゃないだろってこと」
こんな恥ずかしいこと言わせるなと、ヒカルはつくづく思う。
「悪かったな。お前の誕生日なのに。オレ、おまえの言うこと黙ってきいてりゃよかっ
 たな。この埋め合わせは今度、絶対するから」
ベッドにもぐり込んで、頭から布団をかぶってしまう。
しばらく、静かだったが、布団の上から抱きしめられた。
「進藤、僕が悪かった」
「うるせーな、オレもう寝るから」
「許してくれ」
ヒカルは布団から顔を出した。詰碁の本でも見ているときのような真面目な、
小難しい顔をした塔矢アキラの顔があった。


(9)
その手はすでに、布団の下のヒカルの肌に伸びていた。
「君の気持ちも考えず僕が無粋だった」
ヒカルは黙って、アキラの手の感触を感じていた。
「三十分でいいだろうか?」
「は?」
「僕は誓う。これから必ず三十分はちゃんと前戯をすることを!」
いや、何も誓わなくても、と思ったが、塔矢アキラは大真面目だった。
呆れて自分の顔を見返すヒカルに何を感違いしたのか、眉を寄せてアキラが問い
掛けてくる。
「三十分じゃだめか? 四十五分の方がいいだろうか?」
その後、アキラの熱心な愛撫に次第に高められていく自分を感じながら、ヒカルは
心の中で決意した。
(オレは、こいつと一生ずっと一緒にいよう。こんな奴に付きあいきれるのはきっと、
 世界中探してもオレだけだ。あと百年生きてたって塔矢に彼女なんてできっこない!
 佐為の碁盤を賭けてもいい! こいつの面倒を見れるのはこの世でオレだけに
 決まってる!)


次の週の手合に、ふたりは体のあちこちに湿布を張って現れた。
アキラはともかく、ヒカルはあからさまに目に見える所にも貼っていたので、冴木や
緒方に心配されたり笑われたりした。
実をいうと、あの夜、十五手中の八手までしか、実行できなかったのだ。結構体力を
食うし、変な場所の筋肉は使うし、そのくせ苦しいだけの体位もあったりして、
途中挫折してしまったのだ。
――それでも、続きをまたしようという約束はしていたが。

                               <四十八手夜話・おわり>



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