恋 Part 4 6 - 9
(6)
最初に覚えた違和感はキスだった。
体を繋げるようになってから、進籐はキスを拒むようになった。
今までのように、棋院の階段の陰や二人きりのエレベーターで、そっと抱き寄せ顔を寄せると、進籐は鼻先で逃げるようになった。
それで言うんだ、苦笑まじりに。
「我慢できなくなるからさ」
初めこそ、その言葉にどきどきしたけれど、その内僕のほうが寂しくなってしまった。
セックスは、素晴らしい快感をくれるけれど、キスだってそれに負けない陶酔をくれると、僕は思うんだ。
むしろ、射精で区切りがついてしまう快感とは違い、キスは……幸せな時間をくれる。
それは勿論僕だって、進籐の中で爆ぜる刹那に、震えるような喜びを味わうけれど、キスはそれとはまた別の……そう、感情の交歓とでも言えばいいのだろうか。
間違いなく魅力的な行為だと思う。恋人たちにとってね。
でも進籐は、キスをねだらなくなった。
僕が、無理矢理唇を奪えば、仕方なくといった感じで応えてくれるけれど、楽しんでいないことは自然伝わってくる。
それは以前の進籐とは余りに掛け離れていて、僕はやはり戸惑った。
だけど、それは深刻なものではなかった。
単に僕が寂しいなと思う程度のことで……。
次に覚えた違和感は、ごく最近のことだ。
いま直面している問題だ。
僕は、僕たちの行為が、彼に負担を強いていることを知っている。
だから、少しでもその負担を軽くしてやりたいと負っている。なのに、彼はそのための行為を拒むんだ。
キスから始まる愛撫を、嫌がるんだ。
いまだってそうだ。
シャワーを使った後、後ろにローションを塗り込んできたと臆面もなく言うと、抱きしめようとする僕の腕をするりとかわし、僕を軽く押し倒し、太股の上にまたがってきた。
そして、解そうと伸ばした僕の指を抑えつけ、自分から挿入してきたんだ。
(7)
* * * * *
「進籐、苦しいんじゃないか?」
僕は、小声で尋ねる。
「おまえ、デカいからな。それより、違うだろ?」
「え?」
「進籐じゃないだろ?」
咎めるような瞳が、僕を見下ろしている。
「あ、ごめん。ヒカル……」
僕が言い直すと、ヒカルはようやく瞳を和ませ、口角を引き上げるようにして、笑ってくれた。
そう、ようやく笑ってくれたんだ。
「おまえ、すぐ苗字のほう口にするよな」
「そうかな?」
「そうだよ。棋院とか対局のときは仕方ないにしても、二人っきりでもすぐ進籐に戻る」
拗ねた口振りは愛しかったが、会話の内容はいまの状況に相応しいものとは思えなかった。
体を繋げたまま、僕たちは動くこともせずに、他愛もない言葉のキャッチボールをしてるんだ。
もっと、甘い言葉があってもいいと思わないか?
僕たちは恋人同士なんだ。それなのに、……!
本当に不思議だ。
気持はね。落胆とまでは言わないけれど、何かもやもやとわだかまっているのに、体は熱いままだ。
「ヒカル?」
僕は精一杯甘い声を出す。
「動いていいかな?」
すると、ヒカルはそっとため息をついてから、口を開くんだ。
「いいよ」
それは肯定の言葉だけど、耳に届く響きには聞き逃すことのできない否定が感じられて、僕は自分がますます浅ましく思えてくるんだ。
僕は遠慮しいしい、動き出す。
ヒカルの腰を掴み、下からゆっくりと突き上げる。
「ウッ」と、ヒカルが喉の奥で微かにうめき、新たな痛みに顔をしかめる。
それを見守りながら、僕の心に罪悪感が湧いてくる。
大切な恋人に、酷い事をしているように思えて、胸が痛む。
でも、堪え性のない僕に、これ以上の忍耐は拷問にも等しい。
僕は、本能の命ずるまま快感だけを追う。
でも、それが虚しく思えるのも事実だった。
(8)
進籐の中は熱い。
熱くて熱くて、そこから溶けてしまいそうに思えて、怖くなる。
だけど、この形だと、冷たい尻肉が僕の太股に触れて、それは幻想なんだと教えてくれる。
溶けてしまえればいい。
ふたりとも、体中の隅から隅まで、熱くなって、溶けてどろどろになって、一つになれたらどんなにいいだろう。
そうしたら、僕の胸に芽生えた違和感も、そこから生じる不安も、虚しさも、全て消えてなくなってしまうだろう。
そうなったら、どんないいだろう。
僕は頭の隅でそんなことを考える。
でも、冷静に考えていられるのは、僅かな間だ。
すぐに、進籐の熱が、僕の全てを支配してしまう。
蕩けるような靡肉が、僕のペニスに、絡みつき、締め上げる。
幻想が現実と思える。一瞬。
一つに溶け合っているという、甘い錯覚に全てを委ねることができる、一瞬。
その一瞬に向かって、僕は本能の命じるままに、動く。
吹き出した汗で、互いの肌がぬめる。
僕は下から何度も突き上げる。
角度を変えて、何度も、何度も。
僕が突き上げるたびに、進籐は短い息を漏らす。
それは、長距離走の選手のようだ。
時折そこに甘い悲鳴が混じるのは、進籐の善い所を掠ったからだろう。
「あっ、ん……」
鼻にかかった声とともに、進籐が駄々をこねる子供のように、首を左右に激しく振る。
色素の薄い前髪が、薄暗がりの中、左右に散る。
欲望に満たされた僕の目に、それはスローモーションのように映る。
なんて、僕の進籐は綺麗なんだろう。
彼が、快感に喘ぐ姿は、僕を煽りたてる。
もっと感じて欲しい。もっと僕を感じて欲しい。
僕だけを。
(9)
下から突き上げるだけでは満足できなくて、僕は進籐の腰を掴んだ手に力をこめる。
突き上げる時、引き寄せ、腰を落とす時、引き上げる。
長いストロークから生まれる快美感に、僕は固く目を閉じる。
一秒でも長く、これを味わいたい。
そう願っても、頂点はやってくる。
僕の下腹部に集まっていた疼きは、既に滾る熱と変わり、爆ぜる寸前だった。
僕は薄く目を開けると、進籐に囁いた。
「一緒に……」
右手を腰から離し、進籐のペニスに伸ばす。
天を仰ぎ、先端から溢れる汁で、それはしとどに濡れていた。
進籐が感じてくれている証拠に、僕の胸はたまらないほどの愛しさで一杯になる。
優しく触れたつもりだ。
軽く握りこみ、指で輪を作り、上下に動かした。
「うあっ!」
進籐が驚いたような声をあげたのと、僕の右手をはらったのは、ほとんど同時だった。
僕は、目を見開いた。が、すぐに目を瞑る。
進籐が、僕を食い千切りそうな勢いで締め上げたのだ。
ドクンと体の中で、大きく鼓動が弾けた。
「くっ!」
強すぎる刺激に逆らえるはずはなかった。
僕は、進籐の中に、熱く滾る白濁を吐きだしていた。
一人で達してしまったのだ。
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