誘惑 第三部 60
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そう言ったヒカルは碁盤の前に座ってアキラを待つ。
「あ、でも…いいの?」
そんなヒカルに、僅かに怯えたようにアキラが言った。
「いいの、って…何が?」
「だって、」
と言って、碁盤を見、それからヒカルを見る。けれどヒカルはアキラが何が言いたいのかわからずに、
どうしたんだ、と言うように首をかしげた。
「その、碁盤。」
「碁盤が?何?」
「ボクとは打たないって、言ったじゃないか。」
「何だよ、いつの話してんだよ。」
「その碁盤は…特別だから、使えないって、言ったじゃないか。」
「オレ…そんな事、言った?」
「言ったよ。」
「いつ。」
「いつだったか…そう、確かボクが初めてここに来た時に。」
「……あっ、」
「そうだよ。ボクが打とうかって言ったら、キミはダメだって。」
息を飲んで呆然とした表情のヒカルに気付いて、アキラは訝しげに声をかけた。
「……どうしたの?」
そうだった。思い出した。塔矢が初めてうちに来て、ここに泊まっていった時。打とうかって、こいつが
言った。けどオレはダメだって言ったんだ。だって、オレ…。
「バカヤロ……思い出させんなよ…」
不意にヒカルの顔が歪む。
「だから…だから、ヤだったんだよ。この碁盤は、特別だから、だからおまえと打ったりしたら、オレ、
泣いちゃいそうだって、おまえに泣き顔なんか見せたくないって、そう思って、だから…」
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