平安幻想異聞録-異聞- 60 - 64
(60)
ヒカルが部屋に戻るとアキラが何やら、あちこちに札を貼り付けては九字を切り、
小さく口の中で呪言のようなものを唱えている。
「何してんだよ」
「結界の補強だよ。普段からこの家には、かなり強い結界が張ってはあるんだけどね。
念には念を入れだ。寝所のまわりにもと思って」
「ふうん」
作業をするアキラをヒカルは興味深そうに見つめる。
「今夜も来ると思う?」
「たぶんね」
聞いただけで、ヒカルの背筋を悪寒が走った。昨晩、自分の身体に絡まった、
ベッタリとした肉の感触。中にまで入り込んできた、異形の蛇のやけに
ひんやりとした……
「顔色、悪いけど大丈夫?」
「平気だよっ」
「確かに。それだけ、強がれれば大丈夫だ。なにしろ相手は妖力を蓄えたムカデ
だからね、心してかからないと」
「ムカデかー」
「そう、歳20年を数えるオオムカデだよ」
「20年………」
アキラの目は真剣だ。どう答えていいかわからずに、ヒカルはバカな事を言った。
「オレより年上なんだな、そのムカデ」
「……………」
重い沈黙が落ちた。アキラがボソリと口を開く。
「冗談だったんだが」
だいたい、ムカデの年齢なんかわかる訳ないだろう、と。
「あ、あのなーーーーっっ」
「うん、そうしてる方が、君らしいな」
そう言って、アキラは照れたように、また作業に戻ってしまった。
もしかして、こいつ、オレのこと元気づけようとしてくれてるのかな、とヒカルは思う。
ひどく不器用なやり方ではあるけれど。
(そういえば、あの妖怪退治の時も、その後も、オレ達が会うときって、いつも
そばに他の誰かがいて、二人っきりってのはなかったよな)
小さなころから陰陽師として教育を施され、家族らしい家族は使役する式神だけ
だったらしい。
そのことで昔、アキラとはケンカになって、囲碁での勝負までしたことがあった。
そして、それがきっかけで、少しはお互いのことを知るようにはなったけど。
そんなことをつらつらと考えながらヒカルはアキラの動きを眺めていた。
(61)
夜。
暗い灯明のあかりだけをつけて、ヒカルとアキラは寝所の褥の上に座していた。
夜着には着替えず、昼間と同じ狩衣だ。ヒカルの横には、万が一の為の
太刀も置かれていた。
アキラはじっと瞑想するように、目を閉じている。
すっとその目が開かれた。
「来たよ」
ヒカルは、震えだしそうになる肩を必死で押さえた。アキラの前で弱みを見せたくない。
「強い。外の結界を突破された」
アキラがわずかに身構える。
「大丈夫だ。近衛、この部屋にはもっと強力な結界が張ってある。奴は君を
襲うどころか、気配を感じることさえ出来ないはずだ」
その時、寝所と廊下の間をしきる障子が、スーと開いた。
ニョロリと何かが1匹、その間から顔を出した。
パクパクと開閉する蛭のような口から唾液を垂らしながら、それは鎌首を
ゆっくり左右に揺らしていた。
もはや、蔓などという表現があてはまるモノではなかった。
それは、擦りコギ程の太さになっていたからだ。
「成長してる…」
そうつぶやくヒカルの言葉にアキラが眉をしかめた。
その異形の生き物の首がこちらを向いた。
そして、それは確かに近衛ヒカルを『見た』のだ。
(バカな……!)
ここには相当に強力な結界を張った。本来なら、妖魔のたぐいがここに入るどころか、
中の物を見ることさえ出来ないのだ。
「賀茂……」
ヒカルの声が小さく震えていた。
「動けない」
ヒカルが座った姿勢のまま、顔を蒼白にしていた。
金縛りだ。
(62)
あわてて破邪の印を切ろうとしたアキラも、自分の身体が自由にならないのに
気がついた。
腕が重い。
障子の向こうから覗き込んでいたそれの後ろから、同じような蛭の口の異形達が
うぞうぞと顔を出してきた。
そして、結界が張ってあるはずの部屋の中に、苦しみも暴れもせず、
いとも簡単に侵入を果たす。
蛇の形の異形のモノは、群れをなして床板の上を這い、こちらに近づいてくる。
蛇とちがうのは、尾が見えないことだ。その尾があるべき部分は、さらに奥へ延び、
何処ともしれない闇の中から突然に胴を生やしていた。
そのうち1匹が、正座で座ったまま固まっているヒカルの膝頭にたどりついた。
よく見れば、その先端の口のまわりには、白いヒゲのような細い繊毛が無数に
生えていて、蠢いていた。
それが柔い先端で、ヒカルの膝を着衣の上から確かめるようになで回す。
「近衛…!」
まだ僅かに動けるアキラが、まるで鉛の枷をされたように重い手を動かし、
その異形を取り払おうとした。
と、その手に、異形はそれまでの鈍重な動作が嘘のような素早さで噛みついた。
ヒカルの膝の上に、血がボトボトと垂れた。ヒカルが息を飲む。
だが、アキラはそれにひるむことなく、その手で、動けないままの
ヒカルの体を抱き寄せた。
そのアキラの腕にさらに数を増やした異形達が噛みついた。
「賀茂…!」
アキラに抱き寄せられたことで崩れた膝に、別の異形が絡みつき、ふくらはぎに
その身体を這わせ、たたまれた足を、引き伸ばそうとする。
身体の自由がきかないヒカルが抵抗できるわけもなく、引き伸ばされた足の上に、
さらに血がボタボタと落ちて来て、赤く染まった。
(63)
アキラは諦めず、そのヒカルの上半身をかばうように必死の風情で
自分の胸の中に抱きしめる。ヒカルの狩衣の肩が、アキラの血に染まって
黒く染みになった。
肉の蛇たちは、かまわずにノタノタとヒカルの膝の上に這い上がり、
ヒカルの腰を探り、腕にからみ、胸をたどる。
テラテラと淫液で光る体をくねらせる。
「……っあ、…やっあっ…!」
声を上げたのは、気色悪さのためであったが、その声音には思いがけない艶が
含まれていた。
ヒカルは自分でもそれに気付き、あわてて喉の奥にこみあげるそれを飲み込んだ。
肉の蛇はあるモノは指貫の隙間から、またあるモノは自ら布を噛み千切って
侵入路を作り、ヒカルの足に直に巻き付く数を増やしていく。
目的はあきらかだった。
「や、……だ……ふぁんっ!」
色を含んだ高い声は、異形の1匹がヒカルの幼い中心のモノに絡みついたからだ。
それは蛇が大きな獲物を飲み込む時、顎の骨を外すような風情でがばりと大きく
口を開くと、そのまま口の中にヒカルのモノを飲み込んだ。
ヒカルの体がビクビクと震えた。
「うあ、……っ」
そのままそれは、ヒカルの自身にくるりと体を巻き付けて、ゆっくりと
扱きはじめた。ヒカルの顎がそらされて、その喉の白さがアキラの目にさらされる。
「は…は……ぁ…賀茂…」
淫液を塗りたくられた上での、初めて施されるその口淫にも似た手管に、
いやおうなくヒカルの中心は勃ち上がり始め、ヒカルの息が早くなる。
動けないヒカルの爪が、切なげに床を掻いた。
アキラは、もう一度なんとか印を結ぼうと手をあげる。
その手により太い異形が絡みついてそれを阻止した。アキラの指に噛みつく。
自分の腕の中でヒカルが犯されていく様を前に、アキラには為す術がなかった。
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まるで、空気そのものが岩のような重さを持って押しつぶしてくるようだった。
「くん……ん…ん……」
アキラの目の前で、単衣の襟や裾からも入り込んだ異形が、ヒカルの上半身に
所構わずとりつき、繊毛でさぐりながらその肌に、吸い付き、吸い上げる。
異形の蛇が垂れこぼした白泥色の淫液が、ヒカルの体を濡らしながら滑り落ちていった。
自分のそばには太刀がある。なのに、たったそこまでの距離、手を伸ばすことさえ、
今のヒカルには出来なかった。金縛り以前に、すでに体に力が入らない――神経が
淫液に侵され、ぞくぞくとするような甘いしびれが体中に広がっていくのがわかった。
魔性の快楽の暗闇に引きずりこまれる。
なおもヒカルの首筋に取りつこうとした異形を、アキラが重い手でつかみ、
引き離そうとする。異形が、鎌首を返し、すでに傷だらけになっているアキラの手に
傷を増やした。生暖かい血が、パタパタとヒカルの顔の上に落ちた。
賀茂アキラの血だらけになった腕が、すでに霞のかかり始めたヒカルの目に写る。
痛々しい、と思った。
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