クチナハ 〜平安陰陽師賀茂明淫妖物語〜 61


(61)
「せやなあ。困っとるみたいやし助けてやらんこともないけど、ただ・・・」
「ただ?」
勢い込んで光は顔を上げた。
その切羽詰まった表情を見て憐れむように眉を下げながら、上人が続けた。
「儂はな、旅の僧や。むかーし官寺に所属しとったこともあったが、
寺の中での勢力争いやら出世やら、窮屈な暮らしに嫌気がさして飛び出した。
それからはずうっと諸国を渡り歩いて、一所には留まらん。
どんな土地かて長く居ればそこに住む里人や鳥獣に愛着も湧くし、
環境に慣れて気の緩みが出る。それじゃ修行がうまいこと捗らへんよってな。
それでこの土地もそろそろ出よか思とるんやけど、
幾つか引き受けたまま、まだ片付けとらへん仕事が残っとる。
それをこの数日でやってしまわなアカンのや。せやから、都まで行っとる暇がない」
「そんな・・・!」

明日には都に戻って、明を助けてやれると思っていたのに。
だが上人には上人の都合がある。それなら精一杯こちらが出来る事をするしかない。
「だ、だったらオレに、その仕事手伝わせてください!オレ何にも知識とかはないけど、
役に立つように頑張りますから!それで――それで仕事が全部終わったら、賀茂の所に」
「ウン、まぁ、それでもええんやけどな。でもホンマはもっと早く戻ってやりたいやろ?
聞けばその友達云うんも、もう随分と消耗しとるみたいやし」
「はいっ、そりゃ・・・そうですけど。・・・じゃ、やっぱり一緒に来てもらえますか!?」
「そら無理や。せやけどな、儂やなくてもエエなら」
こちらに背を向けて鍋を炉にかけ、夕飯の支度をしていた社がぴくりと肩を動かした。
「うちの弟子、貸したってもええで。コイツは将来、儂を超える器やわ」
「えぇっ!」
「お師匠様!」
光と社が同時に声をあげた。



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