誘惑 第三部 61
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「…ごめん。」
よくわからないけれど、ヒカルが泣き出したのは自分の言葉のせいらしくて、アキラは途惑いながら、
ヒカルを宥めるように謝った。
けれど、ヒカルは涙をこらえようともせずに俯いて首を振った。
謝るのはおまえじゃない。オレの方だ。
ごめん、塔矢。ごめん、佐為。
おまえが追っかけてた佐為を、乗っ取っちゃったのはオレだ。
ずっと佐為と打ってたこの碁盤でおまえと打つのは、佐為がいたらこんなに嬉しい事はないのに。
塔矢、おまえに追いつくために、佐為、おまえと打ち続けた。
絶対追いついてやる、前だけを真っ直ぐ見てる塔矢の目をオレに向けさせてやるって。
佐為、おまえを追いかけてる塔矢を追いかけて、掴まえて、オレの方を向かせてやるって。
でもオレが碁に夢中になりすぎて、オレがオレの碁と塔矢の碁ばっか追っかけてる内に、佐為は
いっちまった。
オレは生身の塔矢は掴まえたけど、まだ塔矢の碁を掴まえられない。まだ、追いつけてない。
だから、まだ言えない。まだ話せない。
ヒカルは碁盤の表面をそっと撫でながら、心の中で思った。
佐為。いいだろ?おまえと打ち続けたこの碁盤で塔矢と打って。
まだオレはおまえには全然届かない。もしかしたらオレ、おまえには一生辿り着けないのかもしれ
ないけど、でも、オレ、打つから。一生、打ち続けるから。塔矢と一緒に。
だから、見ててくれよ。オレがどこまで塔矢に追いつけたか。
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