平安幻想異聞録-異聞- 61 - 62
(61)
夜。
暗い灯明のあかりだけをつけて、ヒカルとアキラは寝所の褥の上に座していた。
夜着には着替えず、昼間と同じ狩衣だ。ヒカルの横には、万が一の為の
太刀も置かれていた。
アキラはじっと瞑想するように、目を閉じている。
すっとその目が開かれた。
「来たよ」
ヒカルは、震えだしそうになる肩を必死で押さえた。アキラの前で弱みを見せたくない。
「強い。外の結界を突破された」
アキラがわずかに身構える。
「大丈夫だ。近衛、この部屋にはもっと強力な結界が張ってある。奴は君を
襲うどころか、気配を感じることさえ出来ないはずだ」
その時、寝所と廊下の間をしきる障子が、スーと開いた。
ニョロリと何かが1匹、その間から顔を出した。
パクパクと開閉する蛭のような口から唾液を垂らしながら、それは鎌首を
ゆっくり左右に揺らしていた。
もはや、蔓などという表現があてはまるモノではなかった。
それは、擦りコギ程の太さになっていたからだ。
「成長してる…」
そうつぶやくヒカルの言葉にアキラが眉をしかめた。
その異形の生き物の首がこちらを向いた。
そして、それは確かに近衛ヒカルを『見た』のだ。
(バカな……!)
ここには相当に強力な結界を張った。本来なら、妖魔のたぐいがここに入るどころか、
中の物を見ることさえ出来ないのだ。
「賀茂……」
ヒカルの声が小さく震えていた。
「動けない」
ヒカルが座った姿勢のまま、顔を蒼白にしていた。
金縛りだ。
(62)
あわてて破邪の印を切ろうとしたアキラも、自分の身体が自由にならないのに
気がついた。
腕が重い。
障子の向こうから覗き込んでいたそれの後ろから、同じような蛭の口の異形達が
うぞうぞと顔を出してきた。
そして、結界が張ってあるはずの部屋の中に、苦しみも暴れもせず、
いとも簡単に侵入を果たす。
蛇の形の異形のモノは、群れをなして床板の上を這い、こちらに近づいてくる。
蛇とちがうのは、尾が見えないことだ。その尾があるべき部分は、さらに奥へ延び、
何処ともしれない闇の中から突然に胴を生やしていた。
そのうち1匹が、正座で座ったまま固まっているヒカルの膝頭にたどりついた。
よく見れば、その先端の口のまわりには、白いヒゲのような細い繊毛が無数に
生えていて、蠢いていた。
それが柔い先端で、ヒカルの膝を着衣の上から確かめるようになで回す。
「近衛…!」
まだ僅かに動けるアキラが、まるで鉛の枷をされたように重い手を動かし、
その異形を取り払おうとした。
と、その手に、異形はそれまでの鈍重な動作が嘘のような素早さで噛みついた。
ヒカルの膝の上に、血がボトボトと垂れた。ヒカルが息を飲む。
だが、アキラはそれにひるむことなく、その手で、動けないままの
ヒカルの体を抱き寄せた。
そのアキラの腕にさらに数を増やした異形達が噛みついた。
「賀茂…!」
アキラに抱き寄せられたことで崩れた膝に、別の異形が絡みつき、ふくらはぎに
その身体を這わせ、たたまれた足を、引き伸ばそうとする。
身体の自由がきかないヒカルが抵抗できるわけもなく、引き伸ばされた足の上に、
さらに血がボタボタと落ちて来て、赤く染まった。
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