平安幻想異聞録-異聞- 62
(62)
あわてて破邪の印を切ろうとしたアキラも、自分の身体が自由にならないのに
気がついた。
腕が重い。
障子の向こうから覗き込んでいたそれの後ろから、同じような蛭の口の異形達が
うぞうぞと顔を出してきた。
そして、結界が張ってあるはずの部屋の中に、苦しみも暴れもせず、
いとも簡単に侵入を果たす。
蛇の形の異形のモノは、群れをなして床板の上を這い、こちらに近づいてくる。
蛇とちがうのは、尾が見えないことだ。その尾があるべき部分は、さらに奥へ延び、
何処ともしれない闇の中から突然に胴を生やしていた。
そのうち1匹が、正座で座ったまま固まっているヒカルの膝頭にたどりついた。
よく見れば、その先端の口のまわりには、白いヒゲのような細い繊毛が無数に
生えていて、蠢いていた。
それが柔い先端で、ヒカルの膝を着衣の上から確かめるようになで回す。
「近衛…!」
まだ僅かに動けるアキラが、まるで鉛の枷をされたように重い手を動かし、
その異形を取り払おうとした。
と、その手に、異形はそれまでの鈍重な動作が嘘のような素早さで噛みついた。
ヒカルの膝の上に、血がボトボトと垂れた。ヒカルが息を飲む。
だが、アキラはそれにひるむことなく、その手で、動けないままの
ヒカルの体を抱き寄せた。
そのアキラの腕にさらに数を増やした異形達が噛みついた。
「賀茂…!」
アキラに抱き寄せられたことで崩れた膝に、別の異形が絡みつき、ふくらはぎに
その身体を這わせ、たたまれた足を、引き伸ばそうとする。
身体の自由がきかないヒカルが抵抗できるわけもなく、引き伸ばされた足の上に、
さらに血がボタボタと落ちて来て、赤く染まった。
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