失着点・展界編 62
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「…大手合いまで、そうやってオレを見張るつもり?」
思わず苛立ちをぶつけるような言い方をしてしまい、口を噤む。
「何のことだよ?ついでがあったから、早いかなって迷ったけどちょっと
寄ってみただけなのに…」
あの温厚な伊角が少し声を荒げて言い返して来た。
「用事があるなら、別にかまわないんだぜ。」
「ご、ごめん…。そうじゃないんだ…。」
慌ててそう謝り、ヒカルは赤くなった。伊角を恨むのは筋違いだ。
…アキラには後で、電話しよう。
ヒカルは携帯の電源を切った。
その頃アキラは「囲碁サロン」のドアを開けていた。ヒカルが来ているかも
知れないと思い、棋院会館での用事を終えた後飛ぶようにして駆け付けた。
だがアキラの期待は叶えられなかった。
「アキラ先生!、中国はどうでした?」
念入りに髪型を整えとっておきの笑顔で市河が尋ねてきたが、それには答えず
逆に問い返す。
「あの…進藤は…?」
「進藤く…先生?来ていないわよ。アキラ先生が中国に行く前の時以来。」
「…そうですか…。」
「アキラ先生、早めですが、よろしければ指導碁お願いできますか?」
約束を入れていた相手に呼ばれて、アキラはそちらに行こうとし、
「あ…、ちょっと待って下さい、」
と碁会所のドアを出て携帯電話を取り出した。ヒカルに電話を掛けてみる。
だが電話は通じなかった。何かに隔てられている、とアキラは感じた。
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