クチナハ 〜平安陰陽師賀茂明淫妖物語〜 63


(63)
「俗世のしがらみを絶って仏道に専心するんは、一つの道や。
儂にはそのやり方が合うとる。だが全てのモンにとってそれが一番いいやり方とは限らん。
なあ社、おまえを突き放そ思てこんなこと云うとるわけやない。
せやけど、俗世を捨てな辿り着けん境地もあれば、
俗世と交わることで初めて到る境地もあるのやないか。
儂にばかり付き合うてたらおまえの一番好きなことは一生でけへんし、
探し物も見つからん。おまえにずっと法衣やなく俗人のカッコさせとったんかて、
いつかお山以外の世間も知って欲しい云う、儂の願いやったんやで」
項垂れて激しく泣く社にそう説き聞かせる吉川上人の目はとても優しくて、
こんな目で己が見られていると云うことを、社に教えてやれたらいいのにと光は思った。


「エエか。お師匠様が云うたからやで?オレが喜んで行く訳とちゃうねんで!」
初対面の人間がいる前で大泣きしてしまった照れ隠しからか、社は何度も念を押した。
「ああ、それでもありがたいよ。夕飯も食わずに来てくれるなんて、
ホントは親切なんだな。ありがとな!」
「お世辞はええわ。気に入らん仕事は、とっとと行ってとっとと済ませたいだけや」
「社。意地張らんと、妖しの件が片付いたら向こうで少しゆっくりさしてもろたらええ。
儂はおまえが戻って来るまでここは空けんと待っとるし、それに賀茂明云うたらおまえ、
陰陽師としても有名やけどもう一つ――」
「よーしよし、いい子だ!今日は大変だけど、もう一頑張りしてくれな。
社!先に乗ってくれ」
光が葦毛の馬の手綱を引いてくると、師弟が振り返った。



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