誘惑 第三部 63


(63)
序盤、穏やかに進行していった盤面だったが、更に進んだある局面、全く予想もしていなかった
場所へと打たれたヒカルの一手に、アキラの手が止まった。

―この手は…?

ヒカルの意図を探りながら、意識の一方でアキラは過去の記憶を辿った。
どこかで覚えのあるこの感覚。
いつ、どこでだったろう。
時折、進藤の碁の中に出現するこの手。
盤面を撹乱し、思惑を隠した誘うような手。
それは彼のヨミの深さと、定石にとらわれない思考の斬新さが編み出すもの。
だから彼の盤面は時々展開が、進行が読めない。
例えば洪秀英との一局。あの一手に似ている。
ではボクが今感じたこの感覚はあの棋譜を見たときの記憶か?
いや、違う。そうじゃない。棋譜を見てのことでない。確かにこの身に直接感じた事がある。
それは。

3年前の中学囲碁大会の三将戦。
そうだ。違うんだ。あれは。
序盤までは変わらなかった。何の違和感も感じなかった。
ボクが碁会所で打った、ボクが恐れ、憧れ、がむしゃらに追った進藤ヒカル、そのままだった。
けれどあの一手。
今思い起こせば、あの一手から流れは変わった。
まるで別人のように彼の手は崩れていった。
別人のように。



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