失着点・展界編 63
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「アキラ先生?」
ドアの外で思いつめたように立ち尽くすアキラに、市河が怪訝そうに
声を掛ける。アキラはハッとして携帯をポケットにしまう。
「お待たせしてすみません。初めての方もいらっしゃるんでしたよね。」
すぐにテキパキと準備をし指導碁に取りかかるアキラに市河は安心する。
だが、手順を説明しながらもアキラの神経はドアの入り口に集中していた。
時間は刻々と過ぎて行くのに、進藤は現れない。ようやく最初の組の仕事が
終わり間近になった時、一人が何気なく話しだした。
「やっぱり若い人の指導を受けるのはいいねえ。一昨日もプロになった
ばかりの若い子達3人が指導碁やってるとこがあって、賑やかだったよ。
アキラ先生と同い年位の…進藤プロだっけ。ここにも時々くる…」
「え…っ?」
ガタッとアキラが前のめりに立ち上がりかける。
「どこですか?そこは…」
「道玄坂」という碁会所の名前と場所を聞いたアキラは、すぐに出て行こうと
した。それに驚いて市河が声を掛ける。
「アキラ先生?次の指導碁のお客さんがもうすぐ…」
「すみません、市河さん。」
風のように階段を駆け降りて行くアキラを見て広瀬と市河は顔を見合わせる。
「アキラ先生、また進藤君を追っているのかい?」
「…あたしもあんな風にアキラくんに追っかけてもらいたい…。」
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