裏階段 アキラ編 63 - 64 
 
(63)
 
アキラは変化した。 
初めて自分が打つ碁に疑問を持ったようだった。 
年相応に、それ以上に十分それを超える成長を遂げていると自分自身も 
周囲の誰もが疑わなかった。それが自分と同じ年の少年とああいうかたちで 
出会った事でそれまでの基準点が一気にあてはまらなくなったのだ。 
混乱もあったはずだ。 
普通の子供ならば自信を失い殻に閉じこもるか外部に対して攻撃的になるところを 
アキラはよく耐えていた。 
碁会所に行けば嫌でも先日の対局のギャラリーの者達の好奇の視線を一身に受ける。  
(64)
 
多くはアキラに好意的であるとはいえ、「上には上が…」「案外、塔矢アキラ以外にも 
実力があってもアマチュアの大会に出て来ない子供が全国にはゴロゴロいるのでは」 
と皮肉混じりに囁く者もいた。 
雑音の聞こえる間を通り過ぎて彼の前に座った。 
「あ、緒方さん、こんにちは。」 
詰碁の手を止めて、アキラが顔を上げてニコリと微笑む。 
耳に入れる価値のない言葉を聞き分け動じない芯の強さをこの子は持っている。 
それは紛れもなく父親から受け継いだものである。獅子の子は獅子である。 
碁会所にふらりとやって来て、今までこういう場所に来た事がないと言うその少年を、 
アキラは初心者だと思い込んだ。 
今でも彼はその事を悔いている。  
 
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