平安幻想異聞録-異聞-<外伝> 63 - 66
(63)
検非違使達と夜盗の斬り合いの喧騒に、一時声を潜めていた虫達が、
草むらで再び楽の音を奏で始める。
年若い検非違使が複数の同じ検非違使に力づくで嬲られる姿はどこか
宴の光景にも似て淫猥に闇に浮かび上がった。
一人が、指をヒカルの菊襞の中心へと移す。
そして、あっさりと中に進入し、クネクネと内側を探るように指を蠢かす。
誘われたように、もう一人が腕をヒカルの股の間に侵入させ、同じように
ヒカルの温かい中側で、指を使った。
その動きに、ヒカルの腰が思わずうねった。
内をふたりの指で同時に蹂躙され、外はもうふたりの検非違使に、乳首と
弱い脇腹を中心にしてしつこく撫で回され、ヒカルは、意識がどこかに
飛んでいってしまいそうな程に感じていた。
声が上がらなかったのは、ヒカルがそれを我慢できたからではない。強い
愉悦に喉が震えて、声が声にならなかっからだ。
最後の一本の松明がうち捨てられる。
それは他のもののように川面に落ちず、僅かに離れた砂利の上に転がって
炎を保ち続けた。ヒカルの心のどこかで、信頼していた仕事仲間に裏切られ
陵辱されるこの状況を、悲しみ慟哭する声がする。だが同時に、そんなことは
この体中をめぐる愉悦の前には、些細なことのようにも思えてきてしまう。
男達の呼吸がいよいよ浅く早くなり、皆、おもいおもいにヒカルの体を
楽しみながら、別の手では自分の一物を取りだして擦り立てていた。
ひとりが、腹の底から湧き出たような唸り声とともに、ヒカルの体の上に
白い泥液を放った。
申しあわせたかのように他の者達も、次々とヒカルの肌の上に、燃える
淫情の炎が自らの体から搾り出したものを吐きだし、まき散らした。
中を散々に嬲りつくした二人の男の指がゆっくりと引き抜かれる。
その感触自体が、まだ達することが出来ずに体の熱を持て余すヒカルに、
しびれるような刺激を与えた。
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男のひとりがいよいよ意を決したように、自らの一物をヒカルの挟道の
とば口へと添えた時である。
検非違使達の耳を、橋を渡り来る複数の馬の足音が打った。
続いて、新たな松明の火が川面を照らし、誰かが橋の上から覗き込む
気配がする。
「そこにいるのは誰だ!?」
誰何の声。この声をヒカルはよく知っている。
「そこで何をしている!?」
再度、橋の上から問いただす声に答えようとしたヒカルの口を、検非違使達が
慌てたように押さえようとした。その手を首をよじるようにして振りほどくと、
ヒカルはその声の主の名を叫ぶ。
「加賀!」
「近衛!?」
闇の中、すぐに応えは返ってきた。ヒカルは安堵に涙が出そうだった。
騎馬のまま橋を渡りきり、河原の土手をこちらに駆け降りてくる二人の
検非違使の姿が見える。
ヒカルを押さえ込んでいた検非違使達がこの状況をどう取り繕うかと
逡巡する間もなく、彼らは橋のたもと近くのその場所に滑りおりた。
「何してんだよ、てめぇら……」
馬上の加賀諸純の目が鋭く細められた。
差し出された松明の灯に照らし出された四人の検非違使達の着物はどれも
乱れてだらしなく、ある者などは前をはだけたまま、その今は驚きに萎えて
しまった一物を川風にさらしている。
そしてどの者たちも一様に、夢からさめたような顔をして、茫然と加賀を
見ていた。
その男達の足元にヒカルは手首を背中に縛られたまま倒れ伏し、その姿は腰を
申し訳程度に小袖が纏うばかりだ。
加賀の後に付き従ってきたもう一人の検非違使が馬から下りて、ヒカルに
近づいてきた。
ヒカルにはそれが三谷だとすぐにわかった。
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三谷は四人の検非違使の間に割り入って、ヒカルの姿を確認すると、その姿に
僅かに眉をひそめただけで、太刀を抜き、ヒカルの手を後ろに戒めていた縄を
断ってから、黙ってその体に自分の狩衣を掛けてくれた。
「お前ら、自分達がやったこと分かってんだろうな」
橙色の火に照らされて、ヒカルを犯した四人の検非違使をねめつける加賀の
表情は、鬼もかくやというほどの憤怒の色に染められていた。
「いいか、今夜の所は全員家に返って頭冷やしてこい。この事についての
詮議は、明日落ち着いてからじっくりとしてやる。夜のうちに逃げよう
なんて思うなよ。俺が地の果てまで追いかけて、必ず連れ戻すからな」
怯えた表情の四人の検非違使達が、それぞれの方へ散って、暗闇の中に姿を消す。
それを見届けて加賀は、馬を降り河原に座り込むヒカルに歩み寄ると、かがんで
いきなりその狩衣の胸ぐらをつかんだ。
「おまえも、おもえだ」
その声には押し殺した怒りがあった。
「物欲しそうな顔して、ほっつき歩いてんじゃねぇよっ」
ヒカルは、その言葉の意味を受け取りかねて、見下ろす男の顔を大きな目で
見返した。
「そいつをどうにかするまで――しばらく、検非違使庁には出てくるな!」
言葉は、この夜の男達のどんな陵辱よりも、ヒカルの心を深くえぐった。
今夜の捕物に参加するかと近衛ヒカルに言ってしまった時、加賀もしまったと
思ったのだ。
本当はヒカルを松虫捕縛に参加させるつもりは、さらさらなかった。
なのに、久々の大仕事に気持ちが高揚していたのか、うっかり口をすべらせて
しまった。
ヒカルはこの数日、明らかに様子がおかしかった――否。
おかしかったのは奴のまわりだ。あいつが検非違使庁に顔を出すたび、庁内が
奇妙な空気に包まれるのにあいつは気付いていただろうか?
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検非違使の中でも筒井のように色事に極端に鈍い奴や、三谷のようにそれなりに
近衛に近しい奴、あるいは淡泊なやつは別として、かなりの人間が気付いて
いたはずだ――あの滴るような近衛ヒカルの色気に。
加賀自身も、随分以前から「男のくせに、時折、小さな動作に妙な艶のある
やつだ」と言う風に、近衛ヒカルを認識はしていた。ついでに言うとその
理由も、噂に聞いて知ってはいた。
だがこの数日ほど、それを意識させられたことはなかった。
筒井の後ろから書き物を覗き込む近衛ヒカルの肩の線を眺めながら、今まで
自分が抱いた女達とどちらが抱き心地がいいだろうと比べている自分に
気付いて、あわてて頭を振ってその妄想を追い払った。
男色の気のない自分でもそうだ。他の奴等の目に、近衛ヒカルはいったい
どういう風に映っていることか。
だからこそ、うっかりこの捕物にヒカルを誘ってしまった後、加賀は思案に
思案を重ねていたのだ。
実際に、夜道を一人で歩かせられないと思った。男相手に何を考えてるんだと
思ったが、それほどに今の近衛ヒカルは、あぶなっかしく見えた。
まだ妻さえないのに、まるで一人娘をもった父親の気分だ。
大体が、検非違使の仕事はふたり一組で当たらせていたが、その相手の
人選にも頭を痛めた。
下手な相手と組ませて、その肝心の相棒役に暗闇で妙な気分になられては
元も子もない。
結局、検非違使庁内でもあの筒井以上に色事に疎く鈍そうな古瀬村を選んだ。
だから、その古瀬村がたった一人で松虫捕縛の現場に現れたとき、すぐに
近衛ヒカルの行方を問いただし、加賀は三谷を連れ、闇に包まれた右京の
はずれに探索に出たのだ。
その時は、まだあの年下の検非違使が、少しばかり血気にはやって、他の
松虫の部下でも追いかけていってしまったかと思う程度だった。
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