クチナハ 〜平安陰陽師賀茂明淫妖物語〜 64


(64)
「なんや、帰りもその馬で行くつもりかいな。疲れとるみたいで、かわいそやなぁ」
「そうだけど、歩いて行ったら時間かかるし。飛ばせば明日の朝までに着けるかも――」
今光の頭を占めているのは都で待つ明。それだけだった。
思いがけず夜の間に出発出来ることになって、うまくすれば予定より早く
明のもとへ戻れるかもしれないと思うと余計に気が逸る。
――賀茂!待ってろよ、今戻るからな!
だが吉川上人は眉を下げて首を振った。
「アカンなぁ、そんな殺生なこと。生き物は労らなアカンわ。み仏の教えでは
輪廻転生云うてな、誰でも来世は鳥獣や魚に生まれ変わるかもしれへん云われとる。
せやから人間の勝手で生き物を苦しめるんは良くないわ。今夜はその馬は休ませなさい」
「えっ、だって」
ここから都まで人の足で行ったら、どれだけかかるか分からない。
未練がましく馬に寄り添ったままの光の手から手綱を奪い取って、上人は云った。
「心配せんでも、一件落着してアンタがまた取りに来るまでコイツは儂が
責任持って預かっとくわ。それより一刻も早く、友達の所に急いだらええ」
「で、でも!急ぐって云ったって、馬無しじゃ限界があるよ」
光が焦って云うと、上人は少しキョトンとした後、呵呵大笑した。
「そうかそうか、そらそうや!馬がなければ遅くなる、それが世間の常識やったな。
せやけどそれが心配ないのやで。坊んにはまだ何にも云うとらへんかったが――社!」
「はいっ!」

そこで光は、信じられない光景を目にすることになった。



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