誘惑 第三部 64
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ボクの知る二人の進藤ヒカル。
あの時、ボクの目の前で二人は入れ替わったのだ。そうとしか思えない。
でも、そんな。
そんな事って。
盤面を追っていたアキラの思考が途切れ、十九路の上の白と黒の世界から現世へと引き戻される。
「進藤、キミは…」
手が止まり、無意識に言葉がこぼれた。
その言葉につられてか、ヒカルがちらりと窺うようにアキラを見上げた。
キッとアキラの眉が強くなる。
だがボクはそう簡単にキミの誘いに乗るつもりはない。
そう思って、次の手を放つ。
その一手にヒカルは唇を引き締め、顔を上げてアキラを見る。
盤を挟んで二者の視線がぶつかり合う。
互いに睨み合い、攻め合うように、厳しい音をたてて石が置かれていく。
両者の息が乱れ、頬は興奮に紅潮し始める。
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