日記 64 - 66
(64)
アキラは、ヒカルの手の中の物を見た。清涼飲料水の缶だった。緒方は、こんな物を
飲まない。ヒカルのために用意しておいたものだろう。
「恋人といたって、友人といたって、寂しいときは寂しいし、悲しいときは悲しいんだ。
誰だってそうだ。お前だけじゃない。」
緒方が、優しくヒカルを諭した。
「だから、お前が罪悪感を感じる必要はない……」
「だいたい、お前はつまらないことで泣きすぎだ。花言葉みたいなあんないい加減な物に、
簡単に傷ついてどうする。以前のお前は、もっと図太い奴だったぞ。」
緒方の遠慮のない言葉に、ヒカルは泣きやんでちょっと笑った。
「まあ、大人になれば泣きたくても泣けないことが多いから……今の内に泣いておくのも
悪くはないがな…」
緒方は、ヒカルの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
ヒカルが、冷たい缶を目に当てた。
「冷たい……」
暫く、その冷たさを楽しんだ後、缶のプルを押し上げた。シュッと小気味よい音がして、
炭酸のはじける音が聞こえた。
アキラは、やはり緒方は大人だと思った。自分とは違う。自分は、ヒカルに優しい言葉しか
かけることが出来ない。緒方の言葉が、冷たいと思っているわけではない。
ただ、自分には出来ない―――――――そう思った。
『早く、大人になりたい……』
ヒカルを受け止めることが出来るように…今は、まだ、無理でも……。
(65)
二人でアキラのアパートに戻ると、浴室で軽く汗を流してから、ベッドに潜り込んだ。
アキラは、ヒカルにタオルケットを肩までかけてくれた。そして、灯りを消して、ヒカルの隣に
自分も身体を滑り込ませた。
「今日は、ゴメンな…」
ヒカルは、アキラにわびた。アキラにも緒方にも迷惑をかけた。アキラ達を振り回して、
勝手に傷ついて大泣きして、穴があったら入りたいとは、このことだ。
緒方とアキラを仲直りさせることが、目的だったはずなのに……。自分でそれを
台無しにしてしまったような気がする。
「オレ…さいてーだ…」
溜息しか出てこない。緒方の言うとおり、以前の自分は、もっと図太い奴だった、と思う。
それが、いつの間にか泣き虫になってしまった。佐為のせいだ……!あいつが黙って居なく
なるから……!もう大丈夫だと思う度、まだ、立ち直っていない自分の姿が、何かの
弾みで現れる。自分は、あの日から、ずっと泣き虫のままなのだ。
変わるのは、悪いことだと思わない。けど、どうせ変わるなら、いい方に変わりたい。
もっと、強い人間に……したたかになりたいんだ。
「うん……本当に困る…」
アキラの言葉にヒカルは、ますます落ち込んだ。「ゴメン」としか言えない。
「キミの泣き顔が可愛くて、すごくキスしたくなって困った…」
ぼんやり見えるアキラの顔に、イタズラっぽい笑みが浮かんでいる。ヒカルは、ちょっと
驚いた。アキラがこんな冗談を言うなんて…。
「もう…!オレ、真剣に謝っているのに…!」
ヒカルが起きあがって、アキラに手を振り上げる。むろん、本気じゃない。照れ隠しだ。
アキラが腕を伸ばした。ヒカルの腕を掴んで、そのまま自分の胸の上に引き倒した。
「冗談じゃないよ…本当にそう思ったんだ。すごく、困った。」
アキラがクスクス笑っているのが、直接、耳の中で大きく響いた。
「さあ、もう寝よう。」
ヒカルは、アキラの心臓の鼓動に安心して、いつの間にか眠ってしまった。
(66)
塔矢、緒方先生、昨日は本当にゴメン。
つまらないことで泣いたりして。
花言葉なんて知らなかったから、突然飛び込んで来た文字に
どうようしちゃったんだよ。
オレの側に佐為は今もいるのかな?
オレに見えないだけなのかな?
それなら、どうして見えなくなっちゃったんだろう?
そんなこと頭の中で、ぐるぐる考えちゃったんだよ。
佐為に会いたい…佐為に会いたいよ。そればっかり考えてる。
塔矢の家に、泊まること電話しといてよかった。
きっと、ひとりでなんて、寝れなかったよ。
塔矢がオレをだっこするようにして、一緒に眠った。
赤ちゃんが、お母さんの心臓の音に安心するって聞いたことある。
オレもすごく安心した。
ホントは、今日も塔矢と一緒に眠りたかったけど、
さすがに3日連続はゆるしてもらえなかった。
塔矢も、明日からまた忙しいらしい。
がまんする。
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