誘惑 第三部 65
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けれど、盤面を睨み、石の流れを、その行く末を追い、深い思索に入り込みながらも、その一方で
アキラの意識は分離し始めていった。今、自分は確かに碁盤に向き合い、白と黒の石の描く世界に
意識を集中させている筈なのに、意識の一方は盤面を離れ、浮遊していく意識は、自分と、更に盤
を挟んで座るヒカルを、はるか上方から俯瞰する。
もしかして、もしかしたらパズルのピースのほとんどをボクは既に手にしているのかもしれない、と、
浮き上がった一方の意識の内でアキラは思う。
集めたピースから見える信じがたいその絵は、けれどそれが真実なのかもしれない。
そしてボクはまたキミを追いながら、けれど湧き上がるその問いを封じる。
何度も、何度も繰り返した問い。
キミは一体何物だ?と、押さえがたいその問いを、アキラは封じ込める。
なぜならボクは言ったのだから。
キミの打つ碁がキミの全てだ。それだけでいい、と。
だからキミは応えてくれた。
いつか、話すかもしれない、と。
だから今はもういい。
ボクはボクの言葉を取り消すつもりはない。
「いつか」なんて日はもしかしたら永久に来ないのかもしれない。けれど、それでも構わない。
過去のキミが何者であれ、今ここに在るキミは、きっとキミの全てを賭けてボクに向き合っている。
だからボクもボクの全てを賭けてキミに立ち向かう。
どんな手でも放ってみろ。受けて立ってやる。
これがボクだ。ボクの全てだ。超えられるものなら超えてみろ。
来い、進藤。ボクはここにいる。
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