裏階段 アキラ編 67 - 68


(67)
アキラはマンションに来なくなった。その少年にアキラは夢中になっていた。
もう一度その少年が碁会所に来る事がないかと、学校以外の大半を碁会所で
待ち人顔でアキラは過ごしている。そのくせ本当に彼がやって来たらどうしようと怯えているのだ。
そうして会えないまま日が過ぎる毎にアキラの熱意は宙に浮き、答えの出ない問題用紙を抱えて
途方に暮れているといった様子だった。
手合いの相手をする度こちらに救いを求めて来るのは感じた。だが無視した。
先生とあの少年が僅かだが打ち合った事を知ってアキラは驚き、少しでも何か情報を欲しがって
いるように見えた。ただ、先生からは多くを聞けないらしい。
先生は確信がない話はしないからだろう。少年に何か感じるところはあったはずだが、
当然オレにも話したりはしない。
そしてオレも、それに関する話題はそれ以上一切アキラとしなかった。
少年との手合いの棋譜を隠したまま救いを求める事が間違っているのだ。
たかが子供同士の手合いだ。なぜそれをそこまで隠す。
まるで大事な秘め事でもあるかのように。
だがアキラはその事に気付いていない。自覚していない。
嫉妬と言われれば、そういう類のものかもしれない。妙にこちらも意地になっていた。

そんなある日、やや興奮した面持ちで、アキラが突然マンションを訪ねて来た。
その少年、進藤と再会したのだと言う。


(68)
「今度受験する海王中の校長先生に呼び出されて行って来たのですが、ちょうど今日、
中学の囲碁の大会が海王中で行われていたんです。そこに、進藤が葉瀬中の生徒として
出場していたんです。」
部屋にあげてアキラの為にこちらが紅茶用の湯を湧かしに台所に立っている横で
彼は興奮気味に捲し立てた。
「中学生の大会に?進藤が?」
「腕を見込まれて頼まれたんでしょう。結局それで葉瀬中は失格になりましたが…、
でも、三将戦ではありましたが、進藤が海王中相手にとても素晴らしい碁を打っていました…。」
アキラはお茶を入れるのを手伝い、二つのティーカップをトレーに乗せてソファーのある部屋に運ぶ。
オレはキッチンで煙草に火を点け、一息二息吸ってから移動した。

本音を言えば、ドアホンが鳴ってその相手がアキラであるとわかった時は嬉しかった。
いつまでも現れない相手を待つのに疲れてここに来たと思った。
オレと2人で過ごす時間を恋しがってやって来たのだと、そう思ったのだ。

ソファーの長椅子のアキラの隣に腰掛けた。
アキラはネクタイにベスト、半ズボンという服装だった。
海王中から直接ここに来たのだろう。進藤に再会した興奮をそのままに。



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