黎明 67 - 68
(67)
彼の後について部屋へ入ると、そこにはヒカルのための衣装が用意されていた。
言葉もなく、女房の手がヒカルに衣を着せ掛けていく。
アキラはそれを静かに見ていた。
真新しい衣に袖を通す。なれぬ布地の硬さが肌に心地良かった。
髪を整え冠をつけると、頬にかかる老懸の陰が少年の顔に精悍さを添える。
一枚、また一枚と衣を重ね、出仕のための正装に身を整えていくと、かつて、初めて検非違使と
して宮中へ上がった日のことを思い出す。期待と緊張と慣れぬ衣冠にガチガチに硬くなっていた、
幼い子供だった自分。都を守るのだと、その為に自分はここに在るのだと、そして自分には何が
できるだろうと、腰に挿した太刀を握り締め、緊張に震える手を押さえようとした。
そして都を守る検非違使となった自分はそこであのひとに会った。優しく美しく、けれど激しい魂
を持ったあのひと。あのひとを守りたかった。あのひとを守るのが自分の使命だと信じていた。
そのひとを、守りきることはできなかったけれど、それでもきっとオレにはまだなすべき事がある。
守らなければならないものがある。
目を見開くと、そこに一振りの太刀を差し出すアキラがいた。
息を止めてヒカルはその太刀を受け取る。手に馴染む懐かしいその重み。その重さを確かめる
ように両手でそれを捧げ持ち、それからゆっくりと腰に差した。
腰にかかるその重みに、ヒカルの顔が引き締まる。
朝陽の差し込む室内に、新しく生まれ変わった若く美しく凛々しい少年検非違使が、朝の光に
負けぬほどの強く清い眼差しで、すっくと立っていた。
(68)
真っ直ぐに前を見据えて、ヒカルは歩き出した。
そうしてこの仮宿に言葉にならぬ別れを告げながら、ヒカルは初めてこの屋敷の門をくぐり、外界
へと足を踏み出す。門の外に出たヒカルは、振り返ってアキラの顔をじっと見つめた。
もはや交わすべき言葉も無い。
別れの時を迫るように、朝がその明るさを増す。
どちらからともなく互いに向かって手が伸び、最後にただひとたび、友としての抱擁を交わす。
それぞれの熱い身体を確かめ合い、それからゆっくりと彼らは身体をはなした。
無言の笑みを交わしたのちに、ヒカルはアキラに背を向ける。
そうして歩き出したら、彼はもう振り返る事はしなかった。
屋敷の主は、ただ、去り往く少年検非違使の後姿を見送っていた。
振り返らず真っ直ぐ歩く後姿がだんだん小さくなり、通りの角を曲がるのを見届けてからやっと、
彼は通りに背を向けて門を閉め、霜と朝陽に銀色に輝く草を踏み分けて家の中へと戻った。
白く透明な朝の光が、誰もいない門を照らす。
都が次第に目覚め、朝のざわめきに充たされていく中、ひっそりと静まり返った屋敷が、ただ一人
取り残されていた。
<完>
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