裏階段 アキラ編 69 - 70
(69)
「進藤の実力は、間違いありません。今日見たあの碁も、おそらく全力のものではなく
彼のほんの一部分でしょう。初めてボクと打った時もそうでした。強いだけではないのです。
彼の中に揺るぎない碁に対する神聖な気持ちが伺えるんです。対局を見た者に
素直に感動を与える程の…」
「…えらい誉めようだな。」
「でも本当にそうなんです。彼が葉瀬中に進学するのがわかっただけでも良かった。」
アキラは高揚した気持ちのままにまるで自分に言い聞かせるように話しを続ける。
「間違いない、彼は、進藤は…。あんな碁を打てる人は、他にいない…」
紅茶に口をつけることなく、アキラは自分の両手を開いて見つめ、強く握る。
そんな彼の肩に手を置く。アキラはオレの方を向いて、ニコリと笑んだ。
「今度進藤を碁会所に連れて来ます。緒方さんにもぜひ…」
そのアキラの言葉を遮り、顎を指で軽く掬い上げて、唇を軽く重ねた。
アキラの体が僅かに強張るのを感じた。
久しぶりのキスだった。
顔を離すと、アキラは黙ってオレの目を見つめていた。
そこには今までなかった動揺する光が見て取れた。
そんなアキラを見て、進藤の存在がアキラの中のオレに対する感覚すら変えつつあるようだと
感じた。それでもまだ、アキラは自分からはオレから離れようとはしなかった。
そして自分からキスを返そうともして来なかった。
ただ、アキラは何かを迷っているように見えた。
(70)
「…どうかしたのか?」
「…いいえ、…。」
もう一度アキラの顎を引き寄せ、唇を重ね合わせた。今度は深く、長くそれをした。
アキラの肩に置いた手に力が入った。アキラはじっとしていて動かなかった。
顔を離すとアキラは小さく息を吐いた。
「オレが怖いか?」
アキラは首を横に振った。だが僅かに膝が震えていた。
「…緒方さん、ボク…、今日は…これで…」
そう言いかけるアキラの頬を手の平で押さえ、再び唇を唇で捕らえ舌をその中に差し入れた。
ビクリと、アキラの体が竦むのがわかった。
今までは決してしなかった行為だった。彼に対してしようと思わなかった類のキスだ。
アキラは反射的に口を閉ざした。
怯えた目でオレを見つめている。それでも何故か体を離そうとしない。抵抗しようとしない。
その時、オレは自分でも自分が何に苛立っているのかわからなかった。
「…口を開きなさい。」
そのオレの言葉に、アキラは一瞬大きく目を見開いた。
しばらく間があって、閉じていた唇を躊躇いがちに開く。
「もっとだ。」
素直に従ったのか、それとも何か言葉を言おうとしたのかもしれない。
さらに開いたアキラの唇を塞ぎ、深く舌を絡め入れる。
今まで空気を通してしか感じなかったアキラの甘い味と匂いを濃厚に感じ、貪った。
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