平安幻想異聞録-異聞-<外伝> 69 - 70


(69)
開けた朝は、夜明け前が嘘のように素晴らしい秋晴れだった。
ヒカルはいつも通り、庭に出て太刀を振る。
大事な父譲りの太刀が、夜の路地で取り落とされたまま、盗賊の手に渡らずに
返ってきてよかったとヒカルは思う。
昨夜の出来事の中での唯一の慰めだ。
厩によって、それから身支度を整えて伊角の家にむかった。
伊角の家でも昨夜の大捕物は話題になっていて、
「どうだったんだ? 詳しく聞かせろよ、参加したんだろ?」
と笑う伊角に、ヒカルは黙ったまま曖昧な笑顔を返してごまかした。
そういえば、最近こんな作り笑顔ばっかりしているな、と自分でも思う。
最後にちゃんと笑ったのっていつだろう。
そのヒカルの顔を伊角が手のひらに包んで自分のほうへ引き寄せた。
「何?」
「おまえの顔、ちゃんと正面から見たくて」
例の夜以来、気恥ずかしくてまともに近衛の顔をみれなかったから、と言う。
伊角は時折、こんな赤面するような言葉を、なんのてらいもなく口に乗せて
みせる。
「ねぇ、伊角さん。俺、そんな物欲しそうな顔してるふうに見える?」
突然、奇妙なことを尋ねるヒカルに、伊角は笑みを浮かべた口元を少し引き
締めると
「どういう意味かわからないけど…」
と口ごもった。
「ここのところ、俺、そんなにおかしかったかな?」
「おかしくはなかったけど……」
「けど?」
「これ、言うと俺はこないだの前科があるから、近衛にもう口をきいて貰え
 ないかもしれない」
「伊角さん?」


(70)
「このところの近衛は、その、ひどく色っぽかったよ」
伊角が、出仕した内裏の片隅にヒカルだけを呼びだして、少し注意を喚起して
おこうかと思ったほどに。そんな事が気になるのは自分の邪さのせいだと、結局
呼びだすだけ呼びだして言わなかったのだが。
ヒカルは、少し暗い表情で目を細めた。
加賀の言った『物欲しげ』の意味は、やっぱりそうなのかと、胸が重苦しくなる。
「俺、迷惑かな?」
そのヒカルの体を、伊角はまわりに人の目がないことを確認することもせずに
思わず抱きしめていた。
驚いたのはヒカルだ。
伊角の黒の束帯の上着に埋もれたヒカルの耳に、穏やかな吐息のような囁きが
聞こえた。
「傍にいてくれ」
ヒカルの背にまわった伊角の手に力がこもった。
「あの夜にいった言葉は、酔っぱらったせいじゃないんだ。近衛が好きだから、
 そばにいてくれると嬉しい。お前を女扱いにしてるわけじゃないんだけど
 ……怒るか?」
「怒らないけど……」
怒りはしないし、現にこうして伊角に触れられているのは悪い気はしない。だが、
ハッキリ言って昨日の今日だ。今は、同性にそういった対象として見られること
が疎ましく――気色が悪いばかりだった。


ヒカルは、夕暮れの陽射しの差す大通りを歩く。
空は燃えるように赤い。その赤と同じ色をしたトンボが群れをなして遥か上空を
飛んでいる。
伊角の家からの帰り道、いつもならこんな陽も落ちないうちに警護の仕事が終わ
れば、検非違使庁に寄るのだが、今日はそれは出来ない。



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