sai包囲網・緒方編 7 - 10


(7)
 そのまま部屋に戻ろうと思ったが、椅子に座ったまま動かない緒方が
気になって、入口まで行きかけてまた戻った。いくらもう五月だからと
いって、酔っぱらったままこんなところで寝たのでは風邪を引くかも知
れない。
「緒方先生、寝るならちゃんと着替えて布団で寝なよ」
 これじゃどっちが子供だか分からねぇよな。
 すぐ近くで聞こえる声に緒方が顔を上げると、すぐ目の前にヒカルの
小さな顔があった。月の光を浴びたヒカルがいつもより艶っぽく見え、
やっぱり酔ってるなと緒方は軽く頭を振り、額を指で押した。
「緒方先生、大丈夫?」
「あぁ」
「ほんとに?」
「本当だ。ちゃんと寝るから、お前は自分の部屋に戻っていいぞ」
 まぁ、緒方にしても酒を飲むのは今日が初めてというわけではないの
だから、そう心配しなくてもいいのだろう。
 じゃあ、帰ろうかなとヒカルが身を引くと、それに合わせて立ち上が
ろうとした緒方の左膝が、テーブルの上にあったビールの缶を倒した。
しかも運悪く、ヒカルのいた方に向けてだ。
「わっ」
「すまない。大丈夫か?」
「うわー、びしょびしょ」
 二本めの缶にはまだかなりのビールが残っていたらしい。ジャージの
太股から膝にかけてかかってしまい、布地とヒカルの脚を濡らしていた。
「酒臭くなっちゃったよ、緒方先生」
 ヒカルの情けない声。緒方は自分の失態に思わず天井を仰いだ。そこに
は姿は見えないが、憂いを帯びた表情の佐為がヒカルを気づかわしげに
見つめていた。


(8)
「進藤、ここでシャワーを浴びて、予備の浴衣に着替えていけ」
 さすがに未成年がアルコールの匂いをさせて歩くのはまずいだろう。
「えー、でも、ジャージは?」
「ランドリー・サービスに出しておいてやるから、朝になったら取りに
いけばいい」
「もー、しょうがないなぁ」
 言われるままヒカルは襖を開けて浴衣を出し、浴室へと向かう。後を
着いて来た緒方に、オレ、自分で洗濯を頼むから大丈夫だよと言いながら
上下を脱ぎ、くるりと振り返る。
 Tシャツと下着姿のヒカルは驚くほど華奢で、夏を前にまだ日焼けを
してない肌は白いと言っていいくらいだ。何とも言いようのない感覚が
背筋を上がって来て、緒方は誤魔化すように、
「細いな…」
 とぽつりと呟いた。その一言に、ヒカルは頬を膨らませる。
「えー、仕方ないじゃん。まだ、中学生なんだからさぁ。これから縦も
横も大きくなるんだよ」
「分かった、分かった」
「緒方先生だって、オレくらいのときは、こんなもんだったでしょー」
「オレは高校に入る前にはもう百七十はあったぞ」
「えー、ウソ!?」
「何でウソなんだ」
「オレだってまだ中学を卒業するまで一年近くあるんだから、伸びるさ!」
「そうだな」
 やっと納得したのか、ヒカルは残りの服も脱ぎにかかる。
「あー、靴下まで濡れちゃってるよ。緒方先生、畳の上、歩いちゃった
けど、大丈夫だったかな?」
 振り返った素足のヒカル。もう身に残ってるのは半分たくし上げたT
シャツとトランクスだけだ。


(9)
 月明かりの下で見た艶めいた表情。柔らかそうな肌を晒け出す無垢な
色気。それに誘われるように、緒方は一歩踏み出し、不思議そうにこち
らを見上げるヒカルに唇を重ねた。
「んー、ん・・・」
 驚いて開いたヒカルの口内に緒方の舌が忍び込んで来る。縮こまった
ままの舌をやんわりと絡め取られ貪られて、飲み込めなかった唾液が唇
を伝って顎に落ちた。
 アキラと比べてはいけないだろうが、緒方のキスは巧みだった。これ
が本当のキスなら、アキラと交わしたのは子供のお遊びにしか思えなく
なって来る。官能的なキスに酔わされ、やっと解放された後、自分の脚
で立っていることができず、ヒカルはへたりと脱衣所の床に座り込んだ。
「進藤」
 頭上からかけられた声に恐る恐る顔を上げると、いつの間にか緒方が
服を脱ぎ捨ててしまっていた。その身体の中心の膨らみに、あんなに飲
んでてどうして勃つんだよーと、頭を抱えたくなった。
 性には奥手なヒカルだが、同級生と交わした猥談で、アルコールを飲
み過ぎると役に立たなくなるから、女を抱くときはほどほどにしておけ
くらいの知識はある。
 っていうか、オレ、今、すごくやばいじゃん。
 最初にアキラに無理矢理犯られたときのことを思い出して、ヒカルは
身震いをした。
『佐為〜』
『ヒカル、とにかくここから逃げるのです。部屋に戻れば、この者の連
れがいます。人前ではこれ以上無体なことはしないでしょう』
『でも芦原さん熟睡してたからなー、頼りになるかな〜?』
『いないよりはマシかと』
『そんな・・・うわぁ〜!?』
 芦原が聞いたら怒りそうな相談をしているうちに、緒方の接近を許し
てしまったらしく、ものすごい力に腕を取られて、足下がもつれるのも
かまわず浴室へと連れ込まれた。


(10)
「おが、緒方先生・・・」
「最近、アキラ君と仲がいいそうじゃないか、ん?」
 くいっと顎を取られ、目の奥を覗き込まれる。眼鏡のない緒方の顔を
こんなに近くで見るのは初めてだ。ヘビに睨まれたカエルよろしく首を
竦めてるヒカルに、緒方はふっと笑うと白いTシャツを胸元までたくし
上げた。
「ひゃっ!?」
「薄い胸だな」
「当たり前じゃん、男なんだから」
「男でも女でも感じるところはそう変わらないぞ」
 緒方の長い指が胸の先端に触れ、ヒカルはびくんと肩を上げた。緒方
に自分は反応してますと言ってるようなもので、ヒカルは耳まで真っ赤
になる。
「感度がいいな。アキラ君にずいぶん可愛がって貰ってるのか、ん?」
「何でそこで塔矢が出てくるんだよー?」
「やったんだろ?アキラ君と」
「やっ!?(///) んなの、緒方先生には関係ねーよ」
 ここでアキラとやってないと言わないところが、ヒカルらしい。
「では、こう訊こうか?アキラ君にsaiの正体を教えてやったのかな?」
「えっ?」
「それとも、文字通り口で黙らせたのか?」
 それではまるでヒカルが色仕掛けで塔矢の口を封じたみたいに聞こえ
ますよ。そんな器用なことがヒカルにできたら、あんなことにはならな
かったでしょうねぇ。佐為はふぅとため息をつく。
 緒方先生は、オレと塔矢が急に仲良くなったから、二人だけでsaiの
秘密を共有して、緒方先生をのけ者にしてるって思ってるんだ。こちら
はヒカルの考えだが、当たらずとも遠からずかも知れない。
「まぁ、今は、そんなことはどうでもいいか・・・」



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