平安幻想秘聞録・第一章 7
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それに、近衛光には申し訳ないが、こうやってもう一度佐為と話せて、
しかも触れることができるのが嬉しくて堪らない。この佐為はヒカルの
知ってる囲碁幽霊になってからの佐為ではないと分かっていても、やっ
ぱり嬉しいものは嬉しい。
「ですが、本当ですよ。きっと光も、今頃はあなたのように麗しい青年
に育ってることでしょうね」
光とヒカル。微妙なニュアンスの違いに、ヒカルは目を伏せた。
「ごめん、な」
ぽつりとヒカルの口から零れた謝罪に、慌てて佐為がいつものように
微笑みを見せる。
「何も、光が謝ることなんてありませんよ。こうやってあなたと出会え
たのも、きっと神さまの思し召しでしょうから」
「そう、なのかな」
「えぇ」
頷く佐為にヒカルも少しだけ表情を戻す。
「そういや、近衛は川で行方不明になったんだよな。溺れたってことは
近衛は泳げなかったのか?」
「いえ、光は泳ぎは達者な方でしたよ。ただ、あの日は酷い嵐で川が増
水して、流れも速かったのです」
秋口のことだと聞いて、あぁ、台風だなとヒカルは頷いた。
「足でも滑らせたのか?まさか、突き落とされたわけじゃないだろ?」
「違いますよ。川に落ちた幼女を助けようとして飛び込んだのです」
雨と風のせいでなかなか川岸に辿り着けず、光は泳げない幼女を抱え
てかなり体力を消耗した。やっと川辺にいる仲間の検非違使に彼女を手
渡した後、力尽きるようにそのまま川下へと流されてしまった・・・。
「でも、でも!死体は見つかってないんだろ!?オレを近衛と間違ったく
らいなんだからさ」
「えぇ。ずいぶんと川を下ったところまで探したのですけれど、光は見
つかりませんでした」
貴人や要人というわけではない光の捜索は、それでも、検非違使仲間
や佐為、明によってかなり長い間行われた。
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