夜風にのせて 〜惜別〜 7
(7)
七
「ひかるさん、おはようございます」
明はひかるの姿を見つけると、赤いマフラーをなびかせながら息を切らして走ってきた。
ひかるはそれを切なげに見つめる。
「これ、約束のマフラーです」
きれいな千代紙風の包装紙に包まれたマフラーを明は照れながら手渡す。
ひかるはその包みを開けた。白の肌触りのよい高級そうなマフラーにひかるは戸惑った。
身につけているものや言動から、明がよい家柄の者だとは感づいていたが、実際にこのよ
うな高級品を渡されると、自分との身分の差を感じずにはいられなかった。
明はひかるの手からマフラーをとると、ひかるがしたようにマフラーを巻いてあげた。
「似合いますよ、ひかるさん」
明は微笑んだ。ひかるはそれを見上げる。しばらく二人は見つめあった。そして明はひか
るの頬に手を伸ばすと口付けた。
「…ひかるさん、ボクはもう離れたくない。あなたのいない時間は酷く長く感じて…。あ
なたに出会わなければ、ボクは日の出がこんなにもありがたいものだとは気付かなかった。
もしボクが学生でなければ、すぐにでもあなたと共に暖かい家庭を築けるのに」
明はひかるをきつく抱きしめた。ひかるはその言葉にうれしくて泪を流す。
ほんの数時間の間に、ひかるは夢である歌手デビューと明の愛の両方を手に入れた。
けれどもひかるには、それがひかるの死を惜しむ神様からのプレゼントのような気がして
ならなかった。
「ありがとう、明さん。私幸せです」
ひかるはしばらく明に抱かれていた。
だがいつのまにか言うはずだった別れの言葉を言い出せなくなっていた。
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