「甘い経験」のための予習 7 - 8
(7)
来た。塔矢だ。一人だ。よかった。
他のオヤジや受付のお姉さんと一緒だったらどうしようかと思った。
それにしても、これだけの人ごみの中でも、あいつだけは一際目立って、綺麗だ。
あんなに綺麗な人間を、オレは知らない。遠くから見ても綺麗だ。近くで見たらもっと綺麗だ。
ヒカルに気づかぬまま、アキラが近づいてくる。
段々と近づいてくるアキラの顔に見惚れている間に、アキラの横顔がヒカルの前を通り過ぎ、そのまま
アキラを見送ってしまいそうになって、慌ててヒカルはアキラに声をかけた。
「おい、塔矢、」
呼び止められてアキラが振り返り、その目が驚きに見開かれる。
「進藤!?」
ヒカルを認めると、みるみるうちにアキラの顔に喜びが溢れる。
その顔を見ただけで、待っていた甲斐があった、と、ヒカルは思った。
(8)
「どうしたの?」
「おまえを、待ってたんだ。さっき、ゴメン。そう言いたくてさ。」
そう言われて、アキラが嬉しそうに、はにかんだように、笑う。
「こっちこそ、悪かったよ。ごめん。つい、さ、夢中になっちゃって…」
それから、小さな声で、こんな事を言った。
「キミが待っててくれるなんて、思わなかった。…嬉しいよ。」
言われて、ヒカルは思わず顔が赤くなりそうだった。言ったアキラも、少し照れたような顔をしている。
時々、本当に時々しかないのだけれど、アキラが子供っぽく見える時がある。こんな風に照れたり、
ヒカルのちょっとしたからかいを真に受けてしゅんとしてみたり。ヒカルにとって、大抵の場合、アキラ
につく形容詞は「キレイ」なのだけれど、こんなアキラはとても可愛いと思う。
髪をくしゃくしゃにしてやりたくなる。頬をつん、と、つっついてみたくなる。そしてもっと真っ赤になって
照れるアキラが見てみたいと思う。それなのに、どうしてか、素直にアキラに触る事が出来ない。
「あの、さ、塔矢、」
「何?進藤?」
アキラが微笑む。その笑顔があまりに素直で無邪気なので、ヒカルはそれ以上何も言うことができない。
「…なんでもねぇ…、いや、あの…ハラ減ったなあ、と思って…」
と適当なことを言って誤魔化した。
言えねぇよ、そんな顔されたら。おまえに触りたくてしょうがねぇ、なんて。
ヒカルは心の中で大きくため息をついた。
― 完 ―
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