白と黒の宴4 7 - 8


(7)
明らかにそれは高永夏がヒカルに限定して発したメッセージだった。
通訳の対応を待つ間でもなくその語彙はヒカルに届いた。
しかもその後で高永夏はヒカルのそばに歩み寄り、何か一言二言投げかけようとし、
同じ韓国チームの仲間らに制され連れ戻されていった。
「あいつ何て言ったの!?誰か通訳して!!」
ヒカルが周囲の者らに問いまわっているのが呆然とステージに立ち尽くすアキラからも見えた。
高永夏の言葉の矢は適格にヒカルの心臓を射抜いたようだった。
アキラは人知れず唇を噛んだ。
甘い言葉や賞賛もこれほどにヒカルを捕らえはしないだろう。

秀策のコスミ。時代を超えなお語り継がれる日本の最高棋士、本因坊秀策。
ヒカルとsaiを結び付ける霧がかったキーワード。
それはヒカルと自分の間に密みつと駆け引きを交わされて来た絆だ。
永年ひっそりと続いてきたゲームに突然途中から参加してきながら、誰よりもスキルを持ち
的確なカードを切り札として選んで出して来た。
何よりアキラが腹立だしかったのは、高永夏はおそらく本気でヒカルの事を
ライバル視しているわけではないとわかった事だった。
でなければあんな演出がかった言動をする必要がない。
ぶしつけな敵対心を向けられたお返しにヒカルをからかったのだ。
自分の立場や体裁など気にもかけず、無邪気に、そして大胆に。


(8)
嫌な気分だった。
彼と対局したという父親から聞いた話から抱いていた高永夏の印象とはかなり違う。
大将戦の相手として、かなり苦戦を強いられるだろうと思った。

「おまえが前、大将になりたいって言っていたのはこういうワケか。」
レセプション後の日本チーム一同が集まったホテルの一室の中で、倉田が溜め息をつく。
「高永夏と戦わせて!」
唇を噛み締め、両手を握りしめて高永夏への怒りが静まり切らないでいるヒカルの姿を見る事は
アキラには辛かった。
ヒカルの唇からその名が何度も繰り返し出る度にちりちりと火の粉が降り掛かるように
胸が痛む。
「天狗になって好き勝手言うとるだけのことやろ。なんでそこまで怒るンや。」
アキラに代わって社がヒカルを宥めようとした。だが、
「直接オレに言ったんだアイツは!引っこめるか!」
と怒鳴り返され社は身を竦める。かえってヒカルの怒りを爆発させてしまったようだ。
普通に考えれば、今までなんの接点もなかった相手がそうまでして挑発してくる事の
方がおかしい。だがもうそんな冷静さはヒカルに期待できない。
ヒカルは普段の検討のやりとりでもすぐに腹を立てる事はよくあったが、
その怒りはその場限りのもので数分後には忘れ去られている。
今回ここまでヒカルがこだわるのは「秀策」という名前が絡むからだ。



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