Trick or Treat! 7 - 8
(7)
「・・・・・・」
一瞬にして室内がシーンと静まり返った。
「ふぅっ」
静寂の中緒方から顔を離したアキラは、しばらく釈然としない表情で緒方の薄い唇を
見つめていたが、やがて気を取り直したように「ちゅっ、」と小さく声で付け足した。
それから小さな両手が不器用にお面を元の位置に戻し、
元通りのカボチャのお化けが現れる。
お化けは石化している緒方の膝から飴とキャラメルを奪い取り、
そそくさとナップサックに詰めた。
ぱんぱんに膨らんだナップサックをシーツの中に回収し、もぞもぞ身をくねらせて
しょい直すと、お化けの背中にむっくりと一つ丸い瘤が出来上がる。
「じゃあ、ボクはそろそろ帰りますね!皆さん、おかしをくれて、どうもありがとう
ございました」
背中の瘤で重心がズレるのか怪しくふらつきながら一礼し、
ズルズルと部屋を出て行こうとするお化けに、芦原がハッと気づいて呼びかけた。
「忘れ物!忘れ物!」
振り向いたお化けに、入り口付近にいた棋士の一人が「あっ、ああ」と気づいて
立てかけてあった大鎌を渡してやった。
その棋士に「ありがとう・・・」と危なっかしい動きで頭を下げてからそれを受け取り、
今度こそ出て行こうと廊下に足を踏み出したお化けは、
障害物に当たってころんと引っ繰り返った。
「やあ、遅れてすまなかったね、キミたち。・・・おや」
「と、塔矢先生!」
(8)
室内に緊張が走る。
一番年嵩の棋士が、ちらりと心配そうに緒方のほうを見た。
幸いさっきの小事件は目撃されていなかったらしく、師匠の視線は自分の足元で
引っ繰り返った小さなお化けに注がれている。
「これは失礼。どこも痛くしなかったかね」
「だいじょうぶです!」
この家の主に助け起こされながらお化けは怖い声で答えた。
「それにしても見かけない顔だが、キミは何者かね?アキラの遊び友達か?」
胡散臭そうな顔でお化けに問う師匠に、弟子たちが声を揃えて言った。
「先生、その人お化けなんですよ!」
「そうそう、オレたちみんな今、お化けにおやつ取られちまったとこなんです!」
「なんと、キミはお化けだというのかね」
「そうです」
真面目くさって聞く行洋に、真面目くさってお化けが答える。
それからお化けはすっくと立ち上がり、大鎌を左右に振り回しながら
今までで一番怖い会心の声で例の決め台詞を叫んだ。
「とりっく・おあ・とりーと!」
「む、何だ。鳥・・・?」
今度は素で意味が分からなかったらしい師匠に、弟子たちがフォローした。
「トリック・オア・トリート、えーと、お菓子をくれなきゃ悪戯するって言ってます」
「むぅ、そうなのか。これから研究会だというのに、悪戯されるのは困るな・・・」
行洋は着物の袖に両手を突っ込んで考え込む仕草をした。
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