追憶 7 - 8
(7)
この間、棋院でのこと。オレが手合いを終わらせて出てきたら、芦原さんと緒方先生と、おまえと、3人が
楽しそうに何か喋ってた。塔矢はいつもより何だか子供っぽく見えて、3人はとても仲良さそうで、楽しそう
で、なんでだかオレはその中に入っていけなかった。
入っていけずに少し離れた所から見ていたオレに気付いて、塔矢がオレに笑いかけた。それが、見慣れ
ないような、なんだか甘えたみたいな、子供みたいな笑顔で、なんでかオレは胸が痛かった。
これから4人で食事に行かないか、塔矢はそう言ったけど、丁度その時緒方先生の携帯が鳴って、用事
ができたから、と言って緒方先生は帰ってしまった。
だから、結局、オレと塔矢と芦原さんと3人でメシを食いに行ったんだけど。
芦原さんの話は面白かったし、普段は聞けないような塔矢門下の笑い話とか、塔矢のちっちゃい頃の話
とか聞かせてもらって、すごく楽しかったんだけど、大笑いしながらでも心のどこかにトゲが刺さってる
ような気がしてた。
緒方先生の電話って、あれ、本当だったんだろうか。あんまりタイミングが良すぎて、何だかウソ臭いと
さえ思ってしまった。
だってあの時の緒方先生の目が、緒方先生が塔矢を見る目が、あんまり優しくて、でも辛そうだったから。
でも塔矢は全然気付いてなかった。塔矢が顔を上げて緒方先生を見たら、緒方先生の顔はいつも通り、
ちょっと斜に構えたような皮肉な笑みを浮かべていて、さっきの切なそうな表情なんてどこにもなかった。
緒方先生は今でも塔矢が好きなんだ。
ずっと、あんな風に塔矢を見てたんだろうか。
辛くって、見てらんなかった。いっつも自信満々で偉そうで高飛車なあの人が。
オレだったら耐えらんない。塔矢を失うなんて、自分から塔矢を手放すなんて、できない。
そうして尚、あんな風に塔矢を見守ってくなんて、できない。
悔しいけど、やっぱりオレはまだガキで、あの人と比べると、全然ガキなんだって思う。
あの人がどんなに塔矢を好きか、どんなに塔矢を大切にしてて、今でも愛してるかって、わかってしまっ
て、辛い。そしてまだまだ追い付けないって、思い知らされて悔しい。
(8)
知りたいけど、知りたくない。
いつから、どうして、アイツとそういう関係になったのか。
アイツの事、どう思ってたのか。
本当はおまえを全部独り占めしたい。
髪の毛一本だって、思い出の一欠けらだって、他の人間になんか渡したくない。
脳細胞の一つ一つまで全部オレしか考えられないようにしてしまいたい。
でも、そんな事、できっこない。
人間って奴は、どこまで欲が深くなれるんだろう。
一つを得たらその次が欲しくなる。
変わらないサラサラの髪。黒い瞳。
オレを惹き付けて離さない、真っ黒な瞳。
でも、顔立ちも、身体つきも少しずつ変わっていってる。
何もかも、どこもかしこも綺麗だと思うのは変わらないけど、最近は「綺麗」だけじゃなくて、カッコいい
なあとか、男前だなあとか、思ってしまう。
最初に会った頃は男か女かわかんなかったけど、今じゃもう女の子かもしれないなんて思う奴なんて、
滅多にいないだろう。
それでも、真っ直ぐに見据えるきつい目が、時々、ほんの時々、寂しそうに揺らぐのが堪らなく好きだ
なんて言ったらおまえは怒るかな。
おまえがそんな顔見せるのはオレだけだよな。
緒方先生は本当に塔矢の事、好きだったと思う。そして今でもきっと、同じように愛してる。
だからきっと、塔矢も緒方先生の事、好きだったんだろう。
きっと塔矢と緒方先生の間には、オレには立ち入れない領域があって、それはきっと今は塔矢はオレが
好きだとか、塔矢はオレの恋人だとか、そういった事とは別のことなんだろうと思う。
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