sai包囲網・緒方編 7 - 8
(7)
そのまま部屋に戻ろうと思ったが、椅子に座ったまま動かない緒方が
気になって、入口まで行きかけてまた戻った。いくらもう五月だからと
いって、酔っぱらったままこんなところで寝たのでは風邪を引くかも知
れない。
「緒方先生、寝るならちゃんと着替えて布団で寝なよ」
これじゃどっちが子供だか分からねぇよな。
すぐ近くで聞こえる声に緒方が顔を上げると、すぐ目の前にヒカルの
小さな顔があった。月の光を浴びたヒカルがいつもより艶っぽく見え、
やっぱり酔ってるなと緒方は軽く頭を振り、額を指で押した。
「緒方先生、大丈夫?」
「あぁ」
「ほんとに?」
「本当だ。ちゃんと寝るから、お前は自分の部屋に戻っていいぞ」
まぁ、緒方にしても酒を飲むのは今日が初めてというわけではないの
だから、そう心配しなくてもいいのだろう。
じゃあ、帰ろうかなとヒカルが身を引くと、それに合わせて立ち上が
ろうとした緒方の左膝が、テーブルの上にあったビールの缶を倒した。
しかも運悪く、ヒカルのいた方に向けてだ。
「わっ」
「すまない。大丈夫か?」
「うわー、びしょびしょ」
二本めの缶にはまだかなりのビールが残っていたらしい。ジャージの
太股から膝にかけてかかってしまい、布地とヒカルの脚を濡らしていた。
「酒臭くなっちゃったよ、緒方先生」
ヒカルの情けない声。緒方は自分の失態に思わず天井を仰いだ。そこに
は姿は見えないが、憂いを帯びた表情の佐為がヒカルを気づかわしげに
見つめていた。
(8)
「進藤、ここでシャワーを浴びて、予備の浴衣に着替えていけ」
さすがに未成年がアルコールの匂いをさせて歩くのはまずいだろう。
「えー、でも、ジャージは?」
「ランドリー・サービスに出しておいてやるから、朝になったら取りに
いけばいい」
「もー、しょうがないなぁ」
言われるままヒカルは襖を開けて浴衣を出し、浴室へと向かう。後を
着いて来た緒方に、オレ、自分で洗濯を頼むから大丈夫だよと言いながら
上下を脱ぎ、くるりと振り返る。
Tシャツと下着姿のヒカルは驚くほど華奢で、夏を前にまだ日焼けを
してない肌は白いと言っていいくらいだ。何とも言いようのない感覚が
背筋を上がって来て、緒方は誤魔化すように、
「細いな…」
とぽつりと呟いた。その一言に、ヒカルは頬を膨らませる。
「えー、仕方ないじゃん。まだ、中学生なんだからさぁ。これから縦も
横も大きくなるんだよ」
「分かった、分かった」
「緒方先生だって、オレくらいのときは、こんなもんだったでしょー」
「オレは高校に入る前にはもう百七十はあったぞ」
「えー、ウソ!?」
「何でウソなんだ」
「オレだってまだ中学を卒業するまで一年近くあるんだから、伸びるさ!」
「そうだな」
やっと納得したのか、ヒカルは残りの服も脱ぎにかかる。
「あー、靴下まで濡れちゃってるよ。緒方先生、畳の上、歩いちゃった
けど、大丈夫だったかな?」
振り返った素足のヒカル。もう身に残ってるのは半分たくし上げたT
シャツとトランクスだけだ。
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