平安幻想異聞録-異聞-<外伝> 7 - 8


(7)
恋人というのとは違うのではないかと、ヒカルは常々思っていた。
恋人と言う言葉で思い浮かぶのは、宮中でよくみかける、男が女に御簾越しに
出会って、歌を送り、闇に紛れて逢瀬をかさね、またそれについて歌を交わす…
…そんな関係だ。
だけど、佐為とヒカルがそんなことをしたことは一度もない。
あいつとは、どちらかというと、体の関係のある仲の良い友達。
そう、そんな言い方が似合う気がする。
体をつなげるのもそれは、楽しかったけど、一緒に話したり並んで歩くだけでも
嬉しかった。
たわいない世間話をして、碁を打って。
でも、だとしたら。
あの端正な面影が心をよぎるたび、胸に逆巻くこの感情を何と呼べばいいのだろう。
(そう言えば、俺、佐為にはそんなにいっぱい「好き」って言ってやった事、
 なかったな)
淡い後悔が胸を濡らした。
褥の中で、どんな格好をすることも平気だったくせに、その言葉は妙に気恥ずかし
くて、そう何度も口にしたことはない。
(こんなことなら、もっと「大好きだ」っていっぱい言ってやればよかった)

その夜、ヒカルは佐為に抱かれる夢を見た。幸せな夢だった。
幸せすぎて、そのまま目が覚めずに死んでしまえたらいいと思った。


(8)
伊角信輔は夢魔に取り憑かれていた。
なんとはなしにその事を口走ったら、周りの者がおおいに心配して、陰陽師、
あるいはどこぞの高名な僧でも呼ぼうかと言い出したのだが、断った。取り憑かれ
ることを望んでいるのは自分だ。
夢魔に責められて眠れぬ夜が続いた時は、せめて気を紛らわそうと、少し好みの
女の元へ通ったりもしてみるのだが、その体を暗闇の中で抱きしめれば、顔がよく
見えないのをいい事に頭の中で、その女に、近衛ヒカルの面影を重ねている自分に
気付く。
とんだ悪夢だ。
これが、女の顔を思い浮かべるのだったらまだしも、よりにもよって男の面影と
重ねられたのでは、自分と床を共にする女もたまったものではないだろう。
そう思ったら相手の女に申し訳なくなって、いつのまにか夜に通う場所もなくなり、
独り寝の夜が続く。
しかし、そうなるとまぶたの裏に思い浮かぶのは、あのたった一夜、悪意ある偶然の
成り行きで近衛ヒカルを抱いた時のことで、伊角の右手は自然に自分の下肢の間で
いきりたつ一物に伸びた。あまりに虚しいので、また女を見つけて通ってみたり
するのだが、やはり同じことの繰り返しだ。
いっそあの夜のことを忘れてしまえたらと思っても、どうしても切り捨てる事が
できない。
ふさぎ込む事の多くなった伊角に、家族が心配して声をかけ、時には結婚を勧める。
だが、内裏での評議ではすぱりすぱりとした物言いが小気味いい伊角が、この件に
関してだけは、昔にもどったようにのらりくらりと言葉を躱して逃げてしまう。
そうしてダラダラと二年が過ぎてしまった。
忘れえることの出来ないあの一夜の出来事が、夢魔となって長く伊角を縛っていた。
普段、内裏で武官として務めている姿からは想像もできなかった、あの夜の
近衛ヒカルの声が、中の熱さが、記憶に焼き付いて離れないのだ。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!