失着点・境界編 7 - 8
(7)
その夜はなかなか寝つけなかった。それでも目を閉じてジッとしているうちに
朝が来て、それなりに気持ちは落ち着いた。
今日は数カ所での指導碁の仕事がある。
ヒカルははっきりしない頭をどうにかするためにシャワーを浴びた。
そう、仕事のために浴びるのだ。アキラのためじゃない。
いくぶん熱めのお湯で両手で髪を梳き、顔を擦り、胸から腰へと流す。
(進藤…)
ふと、二人でシャワーを浴びながらもつれ合った時の事を思い出す。
SEXの後は必ず一緒に浴びる。
行為は暗い部屋じゃないと嫌だったが、シャワーの時はなぜか平気だった。
アキラの体はきれいだった。意外に肩幅があり、骨格はがっしりしている。
着痩せするタイプなのだろう。
そのくせ臀部は女の子のように小振りで丸いかたちで柔らかい。
「塔矢…、」
無意識の内にヒカルは片手で自分自身を握り込み動かしはじめる。
しばらくして小さく呻き、湯とともに白濁の体液を床に落とした。
塔矢の中は、おそらくこの何十倍も気持ちいいのだろう。
二ケ所目の指導碁の会場で和谷と合流した。
「進藤、今度の日曜日、空いてるか?」
会うなり和谷はそう尋ねてきた。
「別に何もないけど…?」
「なんかお偉いサンのパーティーがあるらしいんだ。一緒に行かないか?」
(8)
「パーティー…?」
ピンと来なくて気のない聞き返し方をする。
「以前2冠とか取ってた人で、今度戦後の棋譜選集とか出したらしくて、
その人のキジュの誕生日祝いとか何とかを兼ねた出版記念…だっけ。
森下先生に『お前も顔出しとけ』って言われちゃって…。『進藤も連れ来い』
ってさ。」
あまり面白みがありそうとは思えなかったが、最近和谷とつるむ機会もあまり
なかったし、気分が少しは変えられるかと思った。
「わかった。行くよ。」
ゆうべあれからアキラから特に電話もなかったし、こちらからする気も
なかった。
パーティー会場は都内でも有名なホテルの大広間だった。
スーツを着て来るようにとは言われていたが、公共施設とかでのお年寄りの
寄り合いのお誕生日会みたいなものを想像していたヒカルは少し気が引けた。
華やかなシャンデリアの下、森下先生のお知り合いに一通りの挨拶を
させられた後、囲碁界の他にもいろんな業界人らしき人物らが
お祝いの言葉を述べているステージから遠く離れた場所で、ヒカルと和谷は
もっぱら口にする料理を選ぶ事に専念していた。
そしてパーティーの主役が花束を受け取るセレモニーが始まった時、
ヒカルは何気なくそちらの方を見て、手にとったばかりの皿を落とした。
若い女流棋士と共に塔矢アキラが花を持って現れたのだ。
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