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(7)
「なぁ、いつまで怒ってんだよ」
八畳間の和室で、お茶だけをどんと出されて、座布団の上にちょこんと収まっていたヒカルが途方に暮れたような声でそう尋ねた。
ヒカル自身、理不尽な怒りを向けられているのは分かっているが、その時の彼に怒り返す気力はなかったし、そんなに毎度毎度喧嘩ばかりしなくてもいいとも思った。
怒っている理由が分からずに謝るのは嫌だし、アキラにしたって取り合えずの謝罪なんてされても納得するはずないのだ。
どうしようもない間を持て余したヒカルが、組んだ胡座の足首付近を両手で持って身体を前後に揺らしていると、アキラがふぅっと深い溜め息を付いた。
また怒らせたかと思ってヒカルは慌ててその動きを止めたが、どうやらそうでは無かったらしい。
アキラはまだ苦々しい表情だったが、何かを考え込むように目を閉じた後、ヒカルの名前を呼んだ。
座卓を隔てた距離から無言で「何?」と問い返すが、アキラは何も言わずこっちこっち、と手招きしている。
立つのも面倒な距離なので、四つん這いのままアキラの隣に座り込む。
すると、アキラが顔を近付けてヒカルを覗き込んできた。
ヒカルは、アキラの顔をこんな間近でまじまじと見るのは初めてだった(喧嘩最中に顔を近付ける事はあったが、その時はお互い怒り心頭なのであまりよく覚えていない)
ので、うわー、睫毛なげーとか、目ぇ真っ黒だなーとか、やっぱこいつ綺麗な顔してんなーとか勝手な事を思っていたが、勿論アキラはそれを知る由もないだろう。
ヒカルの少し大きめのきょろんとした瞳は、瞬きもせずに無遠慮に対象物を見つめていたが、暫くしてその対象物自身が視線から逃れるように遠ざかった。


(8)
「やっぱり自覚が無いだけなんだな」
溜め息混じりに言う(溜め息に聞こえたのはヒカルにであって、アキラにしてみればただ単に跳ねている呼吸を落ち着けようと息を吐いただけなのだが)アキラにヒカルが首を傾げた。
「こんな距離まで近付かれて何も思わないのか? キミは」
「え? なんで?」
ヒカルの疑問はあくまでも素直な音で返ってくる。
そう聞き返す事が当り前のように。
「だって、普通はこんなに人が近付いたら嫌じゃないか?」
「…………」
思ってもみなかったのか、ヒカルはただ目だけを何度か瞬きさせる。
彼は言われてみて初めて、アキラが少し顎を引いていなければ鼻先が触れそうな程に接近していた事に気付いたらしい。
ヒカルの行動に無遠慮に感じる部分は今までも多々あったが、そう感じた理由が彼の発言や行動によってのみ生じるものでない事に、アキラもまた、気付く。
彼は、平気で相手の個人空間──パーソナルスペースに入ってしまうのだ。
それは勿論、彼自身の個人空間も侵されている訳で、本来ならあまり気持ちの良いものではない。
ヒカルのように外向性の高い人物ならば、確かに個人空間も狭いのかも知れない。
が、それにしても鼻先が触れあう距離というのはどうだろう。
動物ならば、防衛本能まるで無しという状態じゃなかろうか。
「塔矢も、今、嫌だった?」
聞かれたくない事をズバリ聞かれて、アキラは話を逸らそうとする。
顔を直視する事も出来なかったので、彼はヒカルのその言葉がどんな表情で発せられたものなのかという事にも気付かなかった。



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