pocket size 7 - 9
(7)
「口に合うかどうかわからないけど・・・」
言い訳しながら箸で酢豚や野菜の揚げ物を小さく切り、箸と一緒についてきた爪楊枝で
バーベキューのように串刺しにしてアキラたんに渡した。
それからペットボトルのフタを引っ繰り返して、烏龍茶を注ぎ入れる。
「アキラたん、お茶もどうぞ」
こぼさないよう注意しながら渡そうとアキラたんのほうを見ると、
ちょこんと姿勢良く俺の膝に座ったアキラたんは両手で爪楊枝を持って小さな口で
少しずつ食物を噛み切り、もぐもぐと細かく口を動かして咀嚼している。
ああ、やっぱりアキラたんは上品に物を食べるんだなあ。でも、あんまり美味しそうには
食べてないな。やっぱコンビニ弁当じゃ口に合わないのかな。
そうだ、家の冷蔵庫にスイカが冷えていた。帰ったらあれを食べさせてあげよう。
そんなことを思いながら「お茶、ここに置くよ」と烏龍茶の入ったペットボトルのフタを
アキラたんの白い膝の上にそっと載せた。
と、上品に酢豚に齧りついたアキラたんのネコ目から、急にぽろぽろぽろと大粒の涙が
こぼれ落ちたので俺はドキッとしてしまった。
「ア、アキラたん、どうしたんだい。やっぱり口に合わなかった?」
焦ってオロオロする俺に、アキラたんは涙を流しながら首を振った。
涙を流しながら酢豚を噛み切り、もぐもぐと咀嚼しながらまた後から後から涙を流す。
「違うんです・・・なんだかホッとして・・・」
コクンと食物を嚥下してしゃくりあげながらアキラたんは言った。
「本当は一人でとても不安だったんです。お腹は空いてくるし、この先どうしようって・・・
酢豚、美味しいです・・・」
(8)
しくしく泣き出してしまったアキラたんの震えるちさーい肩を見ながら、
俺もギュウッと胸が締めつけられて涙が出そうになってきた。
たった一人でわけもわからずこんな所に放り出されて、しかも自分はちさーくなっている。
どんなに心細かったろう。怖かったろう。
食べるものもないまま一夜を明かして、たまたま気まぐれにやって来た見知らぬ学生の
コンビニ弁当のフタについた飯粒や、一度地面に落としたうずらの玉子をこっそり
取らなければならないくらい、アキラたんは追いつめられていたのだ。
あの誇り高い塔矢アキラ、兄貴の奢る寿司やなんかで舌が肥えているはずのアキラたんが。
「アキラたん、こんなので良かったらいくらでもお代わりしてくれよ。急に食べて
お腹痛くするといけないからゆっくり、お茶も飲みながらさ。ね?」
「はい」
しゃくりあげながらアキラたんは野菜の揚げ物に齧りついた。
そんなアキラたんを見ながら、俺もまたゆっくり弁当を口に運び出した。
期せずしてアキラたんと初めてのランチの夢を果たした俺は、その後人目につかないよう
アキラたんをシャツの胸ポケットに入れて、下宿までの道を急いだ。
ちさーいアキラたんの身長は俺の手首から中指にかけての長さと同じくらいで、
ポケットの中で膝を抱えるとすっぽり隠れてしまうくらいの大きさだった。
自分は夢を見ているんじゃないかと思いながらアパートの部屋に帰りついて、
「もう出てきてもいいよ」とポケットの中を覗き込むとアキラたんは膝を抱えたまま、
スースーと小さな寝息を立てていた。
疲労と、安堵と、満腹感が重なって眠り込んでしまったんだろう。
起こすのも気が引けて、俺はそのまま床に仰向けになり、アキラたんの入った
胸ポケットを両手で包みながら一緒に昼寝することにした。
午後の日差しが柔らかく俺たちを包む。
ポケットサイズのアキラたんと俺の生活は、こうして始まったのだった。
(9)
「う〜ん・・・」
という聞こえるか聞こえないかの小さな声と、胸の上で何かがモゾモゾ動く感覚に
目が覚めた。
なんだかとてもいい夢を見ていた気がする。
腕や脚が痒いと思ったら、寝ている間に何ヶ所か蚊に刺されていたようだ。
ん?
「あ・・・おはようございます・・・」
「あ、アキラたん!」
仰向けに寝た体勢のままの俺の胸ポケットから、ちさーいアキラたんが目を擦りながら
ピョコンと顔を覗かせた。
(夢じゃなかったんだ・・・)
感動しながらアキラたんを落とさないように、そーっと起き上がった。
胸ポケットを通じてアキラたんの小さな温もりが伝わってくる。
「あ・・・え・・・と、どうしようか。・・・とりあえず、外出る?」
「はい」
床だと何となく踏み潰してしまいそうで怖かったのと、ここのところ掃除機をかけて
いないから埃が溜まってそうだったのと、あとはやっぱり少しでもアキラたんと近い目線
でいたかったから、俺は急いで机の上を片し、そこにアキラたんを両手で下ろした。
アキラたんの温もりがポケットから脱け出ていってしまったのをちょっと残念に思う。
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